197話 Jester and the knigh
月日は流れ、クリスティーナ女王が過去の偉人として語られる時代。
7重の城壁に囲まれる王都エルムに激震が走っていた。
王宮の一室、玉座の間では二人の男が、混乱する宮中伯を他所に、落ち着いた顔で向かい合っている。
「陛下、この度の我が主人の行動、深くお詫び申し上げます」
正装で身なりを整えた人族の男。
王都エルムに住むノース侯爵の大使館の主だ。
「そなたの謝罪を、受け入れましょう」
陛下と呼ばれた、当代のハーフエルフの国王は、周りの混乱を他所に、落ち着いた口調で語りかけた。
「陛下!?ノース侯爵が条約を違えて、攻め込んで来ているのですぞ!?」
兵数は約5万という声にも、国王は顔色を変えない。
「そなたは、我が国が滅びると思うか?」
問いかけられたノース侯爵大使は、
「初代大使のマリオン様のお言葉が、今も大使館内に掲げられております」
——愚かな貴方達に言っておくわ——
——この国に手を出そうなんて幻想は、やめとく事ね——
——死にたいのなら、別だけど?——
「伝記に残るとおり、マリオン侯爵は過激な人物のようですねぇ」
国王は、愉快そうな笑みを浮かべた。
「難攻不落の砂漠の国を、僅か5年で制圧したマリオン様のお言葉です」
ノース侯爵大使館には、代々マリオン侯爵を崇拝している者が採用されると言う。
大使の瞳には、一切の疑いがなかった。
「我が国にも、吟遊詩人が歌う
——王都エルムの民よ、いつか外敵に怯える日が来るかもしれぬ——
——だが、安心するがよい——
——我が騎士が、敵を撃ち滅ぼしてくれよう——
クリスティーナ女王の残した詩は、いくつもあるようで、民間に伝承している詩などは騎士物語として、本になっているようだった。
公的文書が保管されている保管庫を探せば、もっと多くの詩が見つかるだろう。
国王はそんな事を考えながら、公的文書の一文を思い出す。
「そなたは、キヌスのカレン将軍を知っておるか?」
「常勝不敗の将軍を、知らぬ者はいませんよ」
国王陛下の問いかけに、子供でも知っている人物だと大使は答えた。
現実離れしすぎて、イマイチ人気のないクリスティーナ女王の騎士物語より、歴史として認識されている常勝不敗の将軍の方が、民衆に人気の書籍なのだ。
「キヌスだけで、今も語り継がれる詩があるそうですよ」
——私が不敗?なんの冗談でしょうか?——
——キヌスの民よ、ハーフエルフの国とは友好を結び続けなさい——
——千なら千、万なら万の兵士が呑まれますわ——
「ははは、陛下と賭けをしようと思いましたが」
「「賭けにならなそうですね」」
それを聞いていた宮中伯は、ただの伝承に命運を委ねるつもりなのかと、顔色を変えるが、
「とは言え、神に祈るわけにもいきませんからねぇ。同盟国キヌスに援軍を要請しなさい」
そして、非常事態宣言と予備兵の徴収で第七城壁を第一防衛拠点として、籠城の指示を出す。
国王陛下の的確な指示に、宮中伯は胸をなで下ろした。
王族の伝統的悪癖なのか酔狂ではあっても、頭脳は優れているのだ。
ただ、あまりに長い城壁は兵士を分散させ、時間稼ぎにしかならないだろう。
援軍が来るまで、最終防衛拠点の第四城壁で、持ち堪えなくてはならない。
「さて、今回ばかりは、伝承に祈りましょうかねぇ」
信じていたわけではなかったのですか?と問いかける大使に、国王は笑みを返した。
…
……
………
王都エルムが、非常事態宣言に揺れる中、一人の少女が暗闇の中、城壁を越えた。
ボロボロの黒いローブを深く被った少女の足取りはふらついている。
先程まで、酒場で浴びるように飲んでいたのだ。
そこに飛び込んで来た、非常事態宣言の報せ。
首から下げられたネックレスが、月夜に照らされ怪しく揺れる。
その尖端は、禍々しい緋色の光を灯していた。
少女の姿が消える。
いや、消えたと思うくらい速く距離を詰めていた。
…瞬間移動の魔法
ただし、その距離が非常識であった。
次に少女が現れたのは、王都エルムから徒歩で2日程離れた場所。
ノース侯爵軍5万の兵士達が、駐屯する陣地のど真ん中である。
「…何者だ!?」
突然現れた奇怪な現象に、見張りの兵士が声を荒げた。
「道化でございます」
陽炎のようにゆらゆらと身体を揺らす黒いローブは、幼い声で答えた。
「魔物か!?」
異常を知らせる笛を吹く兵士。
天幕から、一斉に飛び出してくる人の群れ。
「お集まりの皆様、ようこそ」
剣を構える兵士の群れに、四方を埋め尽くすように囲まれても、旅芸人のように振る舞う。
「ああ、月明かりでは暗くて、奥の人は見えないですよね」
少女のような幼い声が、指を鳴らすように弾く。
次の瞬間、夜の闇が昼間のように切り替わった。
驚愕の表情を浮かべた兵士達は、空を見上げる。
そこには、5万の兵士達の天幕を覆うように小さな太陽がいくつも浮かんでいた。
いや、太陽に見えるくらい眩い光を放つ炎の球体だ。
「では、これより劇を上演いたします。皆様方、どうぞ、お楽しみ下さい」
そして、全ての兵士達の影から伸びる赤黒い闇が、その主人へと伸びた。
ある者は拘束され、ある者はその影に身体を貫かれ…。
「さて、この劇の主催者は、どちらでしょうか?」
悲鳴を上げる者、身体を貫かれ呻き声を上げる者を観察しながら、少女は足を進める。
そして、「邪魔ですね」と呟いた。
少女が腕を振るう度に、人であったものが血の雨を降らす。
その光景は、ゆっくりと楽しむように、虫を潰していくようだった。
「イカれてる…」
誰かが、吐き捨てるように言った。
その声も届いていないのか、黒いローブは死神のように誰かを探す。
そして、重厚な鎧をまとった騎士達の後ろに控える、貴族の服を着た青年を見つける。
「みぃつけたぁ」
「ひぃぃ」
赤黒い闇で縛られた貴族は、深く被ったローブの中と目が合ったようで、情けない悲鳴を上げる。
貴族を守るような配置の騎士達は、闇に縛られ動けずにいる。
中には、無理に引きちぎろうとして、腕が飛んだ者もいた。
「はじめまして、主催者さん?劇に呼ばれました道化でございます」
幼い声は、深く被ったローブを下ろすと、深々と礼をした。
長い黒髪に緋色の瞳。
エルフのように美しい顔立ち。
どんなバケモノが現れるかと身構えていたが、ただの少女であった。
だからこそ、異様なのだ。
「劇とはなんだ?呼んだ覚えもないぞ!」
貴族の青年は、思わず叫んでいた。
「あれ?マリオンから、聞いてませんか?」
そう言った瞬間、騎士達の首が飛ぶ。
「ここに攻め込む真似をしたら、今度こそ殺しますよって、忠告したはずなんですけどね」
「マリオンとは誰だ!?」
血の雨の恐怖が、思考を停止させ、青年をただ反射的に叫ばせた。
「うん?ノース侯爵のマリオンですよ?あれ?ここに来てません?」
あごに手を当てて、真剣に悩む黒髪の美少女。
「あれ?マリオンに最後会ったのは、いつでしたっけ?」
「……」
青年は完全に黙ってしまった。
なぜなら、マリオン侯爵は100年以上前の人物なのだ。
少女は青年を観察するように眺める。
そして、青年の瞳を覗き込むように見つめると、
「…あなたは、違うようですね」
少女しか理解できない言葉を呟いた。
——愚かな貴方達に言っておくわ——
——この国に手を出そうなんて幻想は、やめとく事ね——
——死にたいのなら、別だけど?——
次の瞬間、鮮血と共に、青年の首が宙を舞う。
貴族の青年…現ノース侯爵はマリオン侯爵の言葉を思い出していた時、既に事切れていた。
少女は、地面に転がる青年の頭を掴む。
そして、天幕の机の上に、その印を置くと、
「あぁ、マリオンも、もういないんでしたね…」
悲しく呟いた。
…
……
………
数日後
斥候が、無数の屍の山を王宮へと知らせる。
誰かが、口にした。
——守護騎士様だ——
王宮は、すぐに各地に残る詩を集めるように指示した。
機密文書の保管庫も、探すよう命じる。
この新しい伝承は、国を守るのだ。
そして、その日を境に、クリスティーナ女王の騎士物語は、守護騎士物語として、民衆に大ブームを起こすのであった。
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