186話 詐欺師と王女と道化と騎士と

旧貴族街から第四城壁へと向けて、王族の馬車が進む。


馬車を操るフレイラ。

そして、小窓から国民へと手を振るクリス。

虹色の欠片が降り注ぐ中、馬車は国民を安心させるかのように、ゆっくりと進んでいた。


「まるで詐欺師であるな」


馬車の中には私とクリスしかいない為、彼女の遠慮のない本音が漏れる。


「…ははは」


私は、愛想笑いで答えるしかなかった。


「あれは、本当になんの効果もないのか?」


クリスの言葉に、私は両目に魔力を込めて、上空を観察した。


「ただの薄い魔力の塊にしか見えませんね。少し崩壊しているようですし」


王家の秘術とは、クロードの一計だ。

ただの対魔法障壁に色をつけて、王都を覆ったのだ。


そして、そのバカバカしい範囲に反比例して、対魔法障壁の効果は落ちる。


降り注ぐ虹色の欠片は、幻想的には見えるが、ただ対魔法障壁が崩壊しているだけであった。


もっとも、こんな範囲のバカバカしい魔法を展開できるのは、間違いなく規格外のおかげだろう。


今も制御や演出の為に、王都を一望できる最上階で苦労しているだろうクロードを思い浮かべた。


「そなた達の祈りが、力になるか。…詭弁であるな」


彼女は、自虐するように溜息をついた。


「詭弁だろうと、信じればそれは事実になる事もありますよ」


私の言葉に、クリスは珍しく愛想笑いを浮かべるのだった。


そして、馬車は目的地の第四城壁へと着く。

この先は、市民街だ。


兵士達に案内されて、私とクリスは市民街を一望できる城壁へと登る。


フレイラは市民街に住む友人の様子を見たいと、王女殿下に許可を貰っていた。


そんなフレイラが向かった市民街は、王家の秘術のおかげか、表面上は落ち着いていた。


ただ先程、兵士から報告があったように、第五城壁に群がる人々の群れ。


王都から脱出したい人々が、押しかけているのだ。

王女殿下は、深く考えるように一息ついて、結論を下した。


その結論が第五城壁に伝わったようで、硬く閉ざされた城門が音を立てて開く。


クリスは、その光景を第四城壁の上から、ただ見守っていた。


第五城壁の外へと向かう群衆の中には、貴族を思わせる身なりの者達もいる。


「…沈む船か」


二人だけしかいない城壁の上で、クリスの声が響く。

私は、彼女の方に顔を向けた。


「沈む船の主人は、どうするべきか?」


庭園の友人に、初めて出会った時に問いかけられた言葉を、クリスは呟く。


「そなたは父上に、こう答えたらしいな」


——私なら主人にこう言いますね。


——馬鹿な道化を信じなさいとね。


「その言葉は、今も変わらぬか?」

「ええ」


真剣な眼差しの彼女に、私は短い言葉を返した。


「信じてよいのだな?」

「ええ」


私の短い返事にクリスは、


「そうか…頼む」


珍しく弱々しい彼女の言葉。

まったく似合わないその言葉に、私は笑みを浮かべると、


「殿下らしくありませんね、頼むだなんて」


私が見てきた王女殿下なら、


「殿下はいつもみたいに根拠のない自信と確信で、告げればいいのです。我が敵を滅ぼせと」


私は、いつものように軽口を叩いた。

その言葉を聞いた王女殿下は、空を見上げ、一呼吸置くように目を閉じる。


そして、いつもの瞳で私の方を見ると、


「そうであるか。ならば、我が騎士に命ずる。敵を撃ち破るがよい」


そこには、いつものように威厳と確信に満ちた姿があった。

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