180話 六畳一間に二人

第二王子の部屋を出た私は、帰路につく。

東区の廊下には、夕陽が差していた。


今日の夕飯の事を考えながら、中心区へと足を進める。

戦時中のせいなのか、文官も騎士団について行ったのか、王宮内はいつもより人気が少ない。


中心区を抜け、慣れ親しんだ道は私を迷わす事もなく、気づけば宿舎の階段を登っていた。


そして、私の部屋の前、正確にはアイリスの部屋の前に見知った顔を見つける。


「あ、クロくん」


ちょうど部屋の扉に手をかけていた彼女は、こちらの気配に反応して、顔を向けた。


「ああ」


私も何気なく手をあげる。

たまに発生する、隣人とのいつものやり取りだ。


ただ、いつもと違うのは戦時中だったという点であり、心配するような表情を浮かべた彼女は、


「クロくんは、ここに残るの?」

「…クビになったわけでもありませんし、いつも通りですよ」

「戦争なんだよ!?」


二人しかいない廊下に、アイリスの声が響き渡る。


私はあれだけ強い彼女が、死にたくないからと傭兵の依頼を断った事を思い出し、


「こんな場所で話すのもなんだから、部屋に入ります?」


彼女を、私の部屋に招き入れた。


六畳一間の狭い空間は、座る場所を自然と指定し、私達はベッドに腰掛ける。


「アイリスは戦争参加を、断ったって聞いたけど?」

「うん、ガレオン子爵が相手でしょ?絶対イヤだもん」


ノース侯爵もおまけでついてきてるんだよなと思いつつ、


「一人で、全軍相手にするわけじゃないのに?」

「クロくん…」


アイリスは、何当たり前の事言ってるの?という顔で呆れた。


「そんなあり得ない状況を考えて、断ったわけじゃないんだよー」


私は、頭に疑問符を浮かべる。

つい最近、あり得ない状況で戦った私の感覚は、おかしいのだろうか。


「ほら、ボクあっちで傭兵やってたじゃん?…やっぱり、知り合いと殺し合いなんてしたくないもん」

「ああ、そういう事か」

「それに、ボクでも敵わなそうな人が、たぶん、あっちにいる」


アイリスは思い出すように、六畳一間の狭い天井わ見上げた。


アイリス並に強いと聞いて、私は彼女との試合を思い出す。


彼女は強かった。

ただ、殺すつもりでと考えた時の、私の物差しは壊れているのだろう。


「命より高い金貨はないっていうのが、ボクのお師匠様の言葉だよ」

「…傭兵らしいですね」


すっかり大人になってしまった彼女に、私はどこか寂しい笑みを向けた。


「クロくんも昔、ガレオン子爵に仕えてたよね?」


奴隷市場で出会った時の事を、思い出したようだ。


「そうですね」

「クロくんは、戦えるの?」


同じような事を、前にも聞かれた。


「その時にならないと、わからないよ」


私の答えは、変わっていなかった。

ただ、盗賊の時のように、逃げるという選択肢だけはなかった。

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