179話 第二王子と道化

王都エルム 東区 第二王子の部屋


初めて訪れる東区。

それも、第二王子という最上位の立場の人物に、私は招かれていた。


会議が終わった後、第二王子がクリスに、私と話したいから、貸してくれないかと提案したのだ。


私の知るクリスなら、簡潔な一言で断るはずであった。

私の知る機嫌の悪いクリスなら、剣に手をかけていたかもしれない。


「よいぞ」


だが、その一言と第二王子に向ける信頼の眼差しは、私の知らないクリスであったのだ。


机に向かって対面して座る、私と第二王子。

人払いをしたようで、部屋には私達しかいない。


差し出された紅茶を口に含み、彼を観察する。

エルフを思い起こされる髪色と、整った顔立ち。


私に釣られて紅茶を嗜む仕草には、品格と同時に穏やかな空気をまとっていた。


「来てくれて、嬉しいよ。君と話したかったんだ」


和やかに微笑む第二王子。

だが、私の勘が彼のまとう空気に、どこか違和感を覚えた。


「仕事ですので」


王女付き宮廷道化師が、雇用主に売られたとも言う。


…クロくん、人見知りだからなー


どこかの誰かが、指を差して笑う姿が見えた。


「そうそう、早速なんだけどね…」


穏やかな笑顔の第二王子に、既視感を覚える。


「…君が、クリスティーナの騎士だよね?」


紅茶を持つ手が止まる。

色々ななぜ?が、頭の中を駆け巡った。


なぜ、それを知っている?

なぜ、そんな事を聞く?


私は警戒した視線を、彼に向ける。


「ああ、妹から聞いたんだよ。僕の趣味が詩を書く事でね」


クリスから、吟遊詩人が歌う冒険譚を書いて欲しいと、傭兵の街からの旅路を話した事を語る第二王子。


「だけどさ、甲冑を着た大柄の黒騎士なんて、妹のお供にいなくてね」


私の視線を気にしていないのか、楽しんでいるのか、ニコニコと語る第二王子。


その姿は…ああ、変人エルフと同じ匂いがするのか、この人は。


「私は王女殿下の道化ですよ。殿下に確認してみては?」

「うん、まあ、そうだよね」


あっさりと納得した言葉を言った後、第二王子は私を観察するように眺め出した。


「…なんでしょうか?」

「創作には、ひらめきが必要だからね。物語の主人公をよく観ておきたいんだよ」


そう言って、また私を観察する。


「…帰って宜しいですか?」

「ああ、機嫌を悪くさせたなら、すまないね。好きな事には、熱中してしまうんだよ」


その言葉に反して、あまり悪びれた様子はない。

私はどうも調子が狂うと思いながら、席を立つと深々と礼をして、扉へと向かった。


そして、扉に手をかけた時、


「最後に一つ…僕の妹は、王の器かい?」


その何気ない一言に私の手は止まり、彼に振り向く。


「器であろうとなかろうと、私が仕えるのは、あの方のみです」


そんな私の言葉を聞いて、彼はまた穏やかな笑みを浮かべていた。

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