177話 馬鹿な道化

西区 最上階


次の日、王都エルムが一望できる場所に、私達はいた。

眼下には、騎士団を率いて出陣する国王陛下の一団が、国民街の中を進んでいる。


国民に見送られるパレードのようなその行進を、私の横でクリスが見送っている。

クリスの後ろには、専属メイドのフィーナが控える。


「お兄ちゃん、風が冷たいよぉ」


もっとも、このように緊張感のない言葉で、嘆いているのだった。


「…アリスよ」


そんな緊張感のないフィーナを他所に、クリスは口を開いた。

私は彼女の横で、次の言葉を待つ。


「…兄上の第一軍が接敵するまでに、私を連れて特攻を頼めるか?」


彼女はこちらを見ずに、城壁の先へと視線を定めている。


私は彼女の言葉に思案を巡らせるが、すぐに結論が出た。


「…無理です」


その端的な言葉に、クリスはこちらへと向き、睨みつけるように唇を噛む。


「そんな顔をしないで下さいよ。無理な理由は3つあります」


1つ目、クリスを連れて行くと、進軍速度の問題が出る。

第一軍を追い抜く事は難しいだろう。


2つ目、先に出陣している第一軍と、敵が既に戦闘を始めている場合、私の能力を最大限に発揮すると、味方を巻き込む戦いしかできないのだ。


3つ目、そもそも私のサーチ魔法は、敵味方の区別がつかないから、敵陣に辿り着けるか不確定な点。


そして、彼女には言えなかった4つ目の理由…足手まといは必要ないのだ。


私の3つの理由を聞くと、クリスは理解はしたが納得はできないという顔で、また城壁の先へと視線を戻した。


「…戦場で死にたいのだがな」


クリスが不穏な言葉を、口にした。


「そんな事は私がいる限り、起こりません」


彼女の言葉に、私は反射的に口が動いた。

自分でも、驚くセリフだ。


驚いたのはクリスも同じようで、私の方に振り向く。

フィーナは、お兄ちゃんカッコいいと、どこかズレた感想を漏らしていた。


「…そなたは、騎士の忠誠心を持ち合わせてはいないのではなかったか?」


どこか嬉しそうに、傭兵の街で告げた私の言葉を指摘する。


自分でも不思議に思う。

だが、騎士の誓いは立てた。


あの酔っ払いの呟きに、あの姿に、自分にはない眩しさを覚えたのだ。


そして、遠い昔、巨大なバケモノにその力量の差を理解しながら、震える事もなく立ち向かう女騎士に、騎士のあるべき姿を見たのだ。


自分とは違う、眩しい存在。

自分の死んだような目とは違う、意志を宿した瞳。


そして、その瞳を持つ一人が、私をどこか嬉しそうに見つめている。


「…王女殿下は、私をどのような騎士だと考えていたのです?」


彼女の問いには答えずに、言葉を返す。


そんな私の姿に、何か思いついたクリスは、


「…馬鹿な道化であろう」


そう答えた。


「…今はまだ、そうなのでしょうね」


私の言葉に満足したのか、クリスは眼下に進む騎士団に目を移すと、


「今はまだか…」


意味深に呟いたのだった。

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