176話 戦争前夜 後編

アルマ王国 中心区3階 会議室


私は、なぜここにいるのだろうと思いながら、カカシのように立ち続けている。

クリスも、珍しく黙ったままだ。


静まり返った円卓を見回して、国王は言葉を続けた。


「理解したようだな?決戦であるぞ」


その言葉に、クリスを含め私以外の全ての者が頷いた。


「先の通り非常事態宣言を出し、第二軍をまとめるがよい。私が指揮を取ろう」


そして、国王陛下は私の方をチラりと見て、クリスに顔を向けると、


「クリスティーナ、そなたは王都で守軍の指揮を執るがよい」

「…なっ!?」


借りて来た猫のように大人しかった王女殿下が、驚愕の声をあげる。


ああ、最前線に飛び込むつもりだったんですね…。


それなりに長く付き合ってきた私は、後ろ姿しか見えない彼女の心情を容易に想像した。


「父上!なぜだ!?」


珍しく声を荒げるクリス。

国王は、父親のような顔で困ったように、


「わかっているはずだ。王都には王族が必要であり、私の軍にそなたは必要ないのだ」

「王女殿下には騎士もおりませぬ故」

「…私に、騎士はいる!それに王都には、お兄様がいるではないか!」


国王陛下と筆頭宮中伯の言葉に、反論する王女殿下。


「騎士とは、あの女剣士でしょうか?残念ながら、断られましたよ」


王女殿下が、再雇用した女剣士フレイラ。

王都エルムの切り札になり得る剣士に、当然依頼は出したのだ。


ただ、彼女には、いくら大金を積まれても、死地には行けないと断られていた。


傭兵とは頼りないものだと、愚痴をこぼす宮中伯。


「いや、私の騎士は…」


クリスがその言葉を告げようとした時、


「言ったであろう。私の軍に、そなたは必要ないのだ。そんな者にも私は、第二王子と共に王都エルムの守軍を託したのであるぞ」


国王陛下の言葉に、クリスは続く言葉を失った。


「そなたが、王家の義務と誇りをどのように理解しているかは知らぬが、私は王都エルムを託したのだぞ」


そう告られたクリスは、両手を握りしめ、項垂れてしまった。


「他の者は、部屋から出るがよい」


そして、国王陛下の言葉に、退席する宮中伯達。

私も部屋を出ようとするのだが、


「…そなたは、クリスティーナの道化であろう?主を置いて行くのか?」

「…いえ、私がいても良いのです?」


苦笑いのような笑みを浮かべる庭園の友人。

そして、立ち上がると、項垂れているクリスの頭を撫でるように手を当て、


「道化よ、私はそなたの言葉を信じられぬが…」


顔を上げないクリスを愛おしそうに見つめ、


「我が娘は、どうであろうな?」


楽しそうに笑みを浮かべながら、廊下に続く扉へと向かった。


そして、こちらへと振り返ると、


「我が娘よ…」


真剣な表情で、クリスティーナに語りかける。

王女殿下は、その真剣な声色に反応して顔を上げた。


「父の姿を、その眼に焼き付けておくがよい。そして、その屈辱はそなたが玉座につく事があれば、好きにすればよいぞ」


そう言い残し、ハーフエルフの男は二度とこちらを振り返らなかった。

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