124話 星空の下
夜も更けて、馬車は相変わらず東へと進む。
見晴らしの良い平原は、文明のカケラも見えず、宝石箱のような星空に覆われていた。
「一人でラクバールを飛び出した時は、楽しむ余裕もなかったが、よいものだな」
荷馬車の後ろに広がる景色に、王女殿下は感嘆の声を漏らした。
「灯りの灯る街では、見られない景色ですよね」
森の中で見る星空とも違う景色に、私も同意する。
「それにしても、この街道をよく一人旅なんてしましたね」
森から離れている分、盗賊や魔物に出会う確率は低いが、それでも夜の闇は不気味なのだ。
静寂の中、フクロウの鳴き声がこだまする。
「そうであろうか?冒険譚のようだったぞ」
「王女殿下ならではの感性でしょうか?」
そう何気なく返したら、王女殿下から睨みつけられた。
馬鹿にしたように聞こえたのだろうかと、次の言葉を探していると、
「私はクリスと呼ぶがよいと、言ったはずだが」
「ああ、失礼…クリス」
そんなに怒る事かな?
不機嫌そうなクリスに、苦笑いを返しながら、
「クリスとは可愛い愛称ですね。ご両親が考えたのです?」
「違う。父上も母上も我が娘、またはクリスティーナとしか呼ばぬ」
「ご友人が?」
「違う。親しい者でも、私を殿下としか呼ばぬ」
話題を逸らそうと取り繕うも、クリスはますます不機嫌になっていった。
そんな私の困った顔を見て、何かを決意した殿下は、
「笑うがよい。私が考えた愛称だ」
笑ったら殺すという威厳に満ち溢れた表情で、告白した。
「…ああ。なるほど」
残念な子を見る感情が顔に出たのか、とりあえずの感情がこもっていない相槌が伝わったのか、
「気軽に呼び合う、友人同士というものが羨ましくてな。物心ついた時から、私が他とは違うと気づくのに、そう時間は必要なかったのだ」
「…王女の肩書は、重荷ですか?」
星空を見上げるクリスに、問いかける。
「それは違う。私は、王家の歴史と義務に誇りを持っている」
「歴史と義務?」
今まで関わる事もなかった単語に、疑問を浮かべる。
「我が国が、ひきこもりエルフと呼ばれているのは、知っているな?」
「ええ」
「これは、開祖の教えを、受け継いでいるからなのだ。人の欲望は尽きぬ。他者の土地を求めるな。世界を求めるな。とな」
「戦争放棄ですか」
こちらを見ず、夜空を見上げるクリスに、問いかけた。
「少し違うな。我らは戦う時は、最後まで戦う。開祖の教えは、戦争の先には、また戦争しかない不毛さを説いているのだ」
「世界は広いですからね」
そう呟くと、殿下は驚いた顔でこちらを見た。
「世界の広さを、理解できるのか?」
元の世界の知識から、何気なく呟いた一言であったが、ロクな地図もないこの世界では、意外な認識だったようで、
「見た事はないですけどね」
そう答えて、私も星空を見上げる。
そう言えば、三角測量で惑星の大きさを測れるんだったかな?
そんな不毛な知識も、星空の美しさにやがて消えた。
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