第24話 魔素 改稿

交易都市クーヨン 隊商宿付近


木造建築が密集する区画を抜ければ、外周城壁までは見渡す限り田畑が広がっている。

 

葡萄酒で染められた頬に風が触れる。

土と草木の香りが、どこか懐かしく感じた。


お日様は今日も元気らしい。

目を細めながら空を見上げれば、雲が形を変えながら流れていた。


「…想像してた冒険者はいなかったけど」


——魔法は存在するのだ


足取りを軽くしながら、手頃な場所を探す。

緑が生い茂る畑を歩きながら、見慣れた葉を見つけて立ち止まる。


「…ここで育ててたのか」


奴隷商人の館で飽きる程食べた野菜や芋が、辺り一面で育てられているのだった。


「それにしても…」


外からの供給に頼るリスクを考えているのだろうか。

居住区より随分と広い耕作地なのだ。


だが、考えてみれば理に適っているとも言える。


食料がなければ、籠城もできない。

そして、生活必需品の相場が外部から容易に操作できるのは致命的なのだ。


遠くには牧場が点在しており、牛や羊などがのんびりと過ごしている。

そして、薬草畑を通り過ぎると人気のない空き地へと辿り着いた。


外周城壁は近い。

だが、人の目が少ない場所だ。


そこで足を止めると、俺はゆっくりと瞳を閉じた。

そして、両目に魔力を集中し始めたのだった。


——瞳を開ける


…眩しい。


街中よりも大気中に漂う光の球体の数が多いのだ。

エリー様は、魔素と呼んでいた。


「場所によって、魔素に偏りがあるのか?」


考えても答えは出そうにない。

そもそも、魔法、魔力、魔素…未知の世界なのだ。


だが、魔力の少ない俺には魔素が溢れるこの場所は好都合だった。


慣れてきたのか、明度を調整できるようになってきた目で辺りを見回すと、深呼吸をする。

そして、体内に循環する魔力を意識するのだ。


…この感覚だよな


体の中を流れる血液とは違う何かを感じる。

空気中の魔素を右手に集めていくと、圧縮する。


「…日本刀…全てを斬れる刀…」


右手を正面にかざした俺は小さく呟くと、魔法を行使するべくイメージを明確に浮かべる。


…原理はわからない。

だが、その刀は全てを斬れるのだ。


——斬鉄剣


俺の世界の言葉だ。

次の瞬間、眩い光と共に右手の中に確かな重みが生まれるのを感じた。


「…本当に?」


右手に握られた一振りの刀を見て、首を傾げる。

青白く輝く刃には、波紋が浮かぶ。

鍔には赤い組紐が巻き付けられていた。


俺は城壁の近くに生えた、一本の大木を視界に捉える。

魔素を身体に纏わせる。


「…縮地」


イメージを明確にして、大地を蹴り上げた。


刹那の瞬間で景色が変わると、目前に大木が現れる。

その太い幹に向けて、右手を伸ばすと刀を水平にして横薙ぎに放つ。


——ッ!


…手応えはなかった。

振り抜いた右手に握られた刀が、光の粒子となり霧散する。


「…失敗か」


大木は健在で、一振りしただけで日本刀は消えたのだ。


「まだ研究する必要があるな」


大木を背に元の場所へと歩みを進める。


「だけど、まったく斬れないなんてな…」


魔素で物質変換が不可能なのだろうか?

それとも、見た目だけの幻惑魔法になってしまったのだろうか?


——ズッ


歩きながら、考察を続ける。

この身体の頭脳は優秀らしく、仮説は次々浮かぶのだ。


——ズズッ


「だけど、縮地は上手くいったな」


…問題は斬鉄剣なのだ。


——ズドオォォン!!


「ッ!?」


背後から大木が倒れる轟音が鳴り響いた。

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