第6話 才能と別れ 改稿

奴隷商人の館 中庭


そこは、奴隷達の訓練所として使われていた。


雲一つない空の下、今日も朝から少年少女達が鍛錬に明け暮れている。

そして、それを遠くから見つめる人影の姿。


木と木が打ち合う音が響く。


誰もが息を呑むような美しい顔立ちの黒髪の少女と、空のような青髪の少女が、お互いの間合いに入る度にまた一つ。


周囲の奴隷達とは、一線を画した力強さで木刀を振るう二人の影があった。


間合いを詰めたと思えば離れ、また二人の影が近づく度に、甲高い音が鳴り響くのだ。


そんな剣戟が続く中で、時折鋭い一撃が入ると、青髪の少女の顔に余裕がなくなる。


だが、打ち合いを続けるうちに、今度は黒髪の少女が押される展開になっていくのだ。

それなのに、青髪の少女の表情は晴れない。

 

泣きそうな顔で、唇を噛み締めていた。

彼女は悔しさに顔を歪めると、一歩大きく踏み込んだ。


そして、薙ぎ払うように一閃。

黒髪の少女の小さな身体が吹き飛ぶと、地面を転がっていく。


「クロくん、また最後わざと受けたよね?」

「…ははは」


笑って誤魔化すが、木刀の一撃程度では、最近痛みを感じなくなってきた。


彼女に友人という間合いに踏み込まれてから、半年が経つ。

こうして何度も、模擬戦を行なってきた。


俺は13歳、彼女は14歳。


攻撃30、防御20、速さ20の才能値は本物なのだろうか?

模擬戦を重ねて数ヶ月で、彼女との才能の違いを実感する。


彼女に才能がないわけでは、ないと思う。

周りを見ても、彼女の動きは天性を感じる。


ただそれ以上に自分の才能…成長率の高さを、身体の動き、動体視力、そして打撃に対する耐性に驚いたのだ。


ちなみに数値化されてると良いなと思い「ステータス オープン」と唱えたのは秘密だ…。


「なんか、かなり前から手抜きされてる気がするー?」

「…ははは」


ジト目でこちらを睨む少女から、目を逸らす。

実際、かなり手抜きをしているから、笑って誤魔化すしかない。


——これは、彼女の為になるのだから


何ヶ月前かに数度、そして最近は頻繁に…。

教官の横に見慣れぬ赤髪の女性がいた。

俺の勘が正しければ…。


「あれ?ボク呼ばれてるみたい」

「行ってこいよ」

「うん!」

 

そう言って彼女は教官の元に向かったのだった。

横には、赤髪の女性がいる。


「夢…叶うと良いな」


俺は空を見上げると、そう呟くのだった。


それからは、素振りを繰り返して、もう飽きるのも慣れた質素な夕飯を済ます。


そして、大部屋に戻る途中の廊下で、声をかけられた。


「クロくん、ボク…」


嬉しそうな寂しそうな表情で、話しを切り出す。


「傭兵団には買ってもらえたのか?」

「なんでわかったの!?」

「あれだけ何回も見に来てればな」


ただ俺を見ているのか、彼女を見ているのか判断ができなかったから、手を抜いたのだ。


俺には商人に売り先があると、教官から聞いていたから…。


「おめでとうと言えば良いか?」

「ありがとう、クロくんは…」

「俺も、もうすぐ商人に売られるらしいよ」

「クロくんなら、剣士になれるのに?」


彼女は、もったいないと呟く。


確かに、この施設の奴隷達の中で、俺に勝てる者はいないだろう。

だが、奴隷である事実は変わらない。

いや、この奴隷紋がある限り変わる事などないのだろう。


——奴隷には選択肢などないのだ


「この国の常識もわからないからな。仕事を覚えて、その先に選べる道があれば…」


欲望を抑えつけるように、拳に力を込める。

今はまだ牙を研ぐ必要があるのだ。

そう自分に言い聞かせる。


「…そっか」


そんな俺の様子に何か感じたのだろうか?彼女は視線を落とした。


だが、すぐに顔を上げると、


「ボクは剣士になるよ。ボクを買ってくれた人が、才能があるって言ってくれたんだ」

「ああ…」

 

頑張れよとは、なぜか言う気になれなかった。


「あとね、クロくんさっき傭兵団って言ったけど、傭兵団じゃなくて、傭兵の人だよ」

「…何が違うんだ?」


そんな疑問を口にすると、


「傭兵が奴隷持ちで食べていけるって、凄腕って事だよ!女性だから、身の回りの世話に女の子の見習いが欲しかったのもラッキーだったの!」

「ああ、集団よりソロの方が、ランクが上って事か」

「それでね、クロくんも買おうと思ってたんだけど、男の子とは思わなかったんだってー」


何が面白いのか笑いながら、俺の顔を指差す。


自慢じゃないが、最近は更に美少女レベルが上がったと思っているこの顔に向かってだ。

…ああ、だからなのか。


その後も、一年も経たない短い昔話で盛り上がる。


「ねえ、ボクの名前…呼んだ事ないけど、覚えてる?」

「…いや」


商品の名前は、覚えないようにしている。

ただ、この商品はモノとして認識するには、少し友人になりすぎたかもしれない。


特に傭兵なんて、死と隣り合わせの職業なのだから。


そんな悲しい感情が表情に出たのか、彼女は少し考えてから、ゆっくりと言った。


——ボクの名前はアイリス…次は忘れないでね


…と。


そして、次の日…彼女は出荷された。



アイリスイメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/siina12345of/news/16817330649915782808


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