第88話 隠し地図
「ううっ、寒いなぁ……」
「私とファリスさんが定期的に氷を作って置いているので、寒くて当然ですよ。冷気の魔法も巡回させていますから」
「女将、ワインはないんだね」
「元々殿下しか頼まないうえに、今では殿下もエールばかり注文しているではないですか。無用な在庫は置きません」
「王城だと、エールは下品な酒扱いなんだよ。フレーバーをつけた美味しいやつもあるって説明しても、『貴族はワインを飲んでこそ!』って反論されるからね」
閉店後、お宝を探すべく私たちは地下室へと降りた。
ここは、氷と冷気の魔法で冷蔵庫並の温度となっており、沢山のお酒や食材が置かれている。
このお店には地下室があるので、もしなにかお宝が埋まっているとしたら、そのさらに下のはずよ。
「ユキコさん、ここだと掘るのが難しいね」
「そうね……駄目元で探ってみるか……」
満タンではないけど、かなり収納物で埋まっている地下冷蔵庫の床を掘るのは難しい。
アイリスちゃんの言うとおりなのだ。
私は地面にしゃがみ込み、土が露出している床に手をつけ魔法を使う。
これは、地面に埋まっている食材や、根っこが食べられるもの。
土の中に生息しているもの、などを探す魔法だ。
応用すれば、地中に埋まっている財宝も見つかるはず……だといいなぁ……。
早速試してみると……。
「あれ? 意外と浅い! しかも、ここ?」
私からそう離れていない場所の、地下数十センチほどの位置に、なにかが埋まっているのが『探知』できた。
「ボンタ! テリー!」
「「はいっ!」」
あまり大人数で掘るほど深くも大きくもないものなので、二人に任せて私たちは応援に回ることに。
「この建物の持ち主は知っていたのかしら?」
「そんなに大きくないものなんだろう? じゃあ、前に持ち主である老夫婦が自ら酒場を経営していた時、ここに忍び込んでそっと埋めたのかもな」
ミルコさんが、自分なりの見解を語った。
まさか、地下倉庫の土の地面になにか埋めたとしても、大半の人は気がつかないのは確か。
荷物で倉庫が埋まれば、ますます掘られにくくなるのだから。
「そこが盲点ってわけね。地下冷蔵庫の地下になにかを埋めた人は知恵が働くのかも」
「まさか、こんな場所に埋まっているとは……というわけだね。どう?」
「箱が出てきました」
殿下の問いかけに答えるかのように、ボンタ君は土の中から箱を取り出した。
かなり小さな箱で、これがお宝なのかしら?
「宝石なんですかね? 親分。にしては軽いか……」
テリー君が箱を開けると、その中には羊皮紙が一枚だけ入っていた。
書いてあるものを確認すると、地図……よね?
「この近辺の地図じゃないわよね?」
「姐さん、これって人が住んでいる場所の地図じゃないっすよ。なんだろう? 岩山の山肌に沢山穴が開いていて洞窟ですかね?」
洞窟が沢山ある岩山で、一ヵ所だけの赤い印がついている。
まるで、ここがお宝の隠し場所だと言わんばかりにね。
「どこかの岩山の洞窟の中の一つに、なにかあるのは確かだな」
地図を確認した親分さんは、私やテリー君と同じ見解に至ったようだ。
デブラーたちが探していたのは、きっとこの地図ね。
「問題は、どこの岩山なのかわからないことだけど……」
私はこの世界の地理に詳しくないし、こんな岩山はどこにでもありそうな気がする。
んなわけないか。
「ボンタ君はわかる?」
「見たことないですね」
他のみんなにも聞いてみたけど、地図の岩山に心当たりがある人はいなかった。
ただ一人の例外を除いては。
「ユキコさん、私はこの岩山を知っています」
「本当? ララちゃん」
「はい。この岩山は私の故郷の村から少し離れた、魔獣が多く住む森の奥にあります。洞窟は、大昔に人が原始的な生活を送っていたとか」
大昔の遺跡みたいなものなのね。
もし日本だったら、考古学者の人たちが大喜びだったかも。
いい研究資料になりそうだって。
「かつて人が住んでいた遺跡の洞窟に……なにがあるのかしら?」
「隠し場所から見てとても後ろめたいものだが、もの凄いお宝だと思うぜ」
と、断言するミルコさん。
そんな場所に隠してあるってことは、確かに素性のいいお宝とは思えない。
だけど、デブラーたちはお宝の記された地図を得るべく、この土地とお店を数倍の値で買った。
きっとお宝にはもの凄い価値があるのだと、少なくともデブラーたちは思っているわけね。
「もしかして……」
「アイリスちゃん?」
「それって、ダストン元男爵家の隠し財宝では?」
「心当たりがあるのかい?」
殿下がアイリスちゃんに尋ねるけど、イケメンは変な威圧感が出なくていいわね。
「亡くなったお父さんがたまにボクに会いに来た時、バルツザルトの名前はよく出しました。そこにお得意さんがいて、よく商売に行くのだと」
「女将、もしかしてこれって……」
デブラーたちも麻薬の密売に……関わってはいないか……もし関わっていたら、この前の摘発で一網打尽のはず。
でも、アイリスちゃんのお父さんが、バルツザルトの町でなにか大きな商売をしていて、その膨大な稼ぎを町の近隣に隠したことは知っていた。
「デブラーたちはお宝のありかのヒントが、どうしてこのお店にあるって知ることができたのかな?」
「追っていたのではないか? アイリスの父親を」
アンソンさんの疑問に答えたのは、意外というと失礼だが、デミアンさんであった。
「追っていた?」
「デブラーは強欲な男だ。アイリスの父親がバルツザルト付近でえらく稼いでいることに気がついた。その稼ぎが麻薬の密売であることにも気がついたのかもしれない。そして、どうもその利益を町の周辺に隠しているらしいことにも気がついた。それを手に入れようと、彼を尾行していたのでは?」
「尾行ですか? あのデブラーが?」
どう見ても、そういうことには長けているとは思えないのだけど……。
「当然プロに頼んだはずだ。デブラー自身はハンターではないが、そういう人を雇う金はある」
「でも、アイリスちゃんのお父さんが素直に尾行されるほど間抜けとは思いません」
彼は戦闘に長けていたわけではないが、代々麻薬の密造をしていたのだ。
尾行への警戒は当然していたはず。
「もう一つ、アイリスちゃんのお父さん本人が魔獣の住処を越えて、お宝を隠しに洞窟のある岩山まで向かいますかね?」
彼はダストン元男爵家の当主だから、もしかしたらその正体を知っている人がいるかもしれない。
麻薬の密造と密売なんてやっているから、裏社会の人間に狙われるかもしれず、わざわざお宝の在処まで尾行者を案内しないはず。
もしそんな間抜けなら、とっくにダストン元男爵家は墜落していたはずだ。
「デブラーも、詳しいお宝の場所はわからなかったのではないか? だから、処刑された当主や一族の監視は続けていた」
そんななかで、このお店にダストン元男爵家の手の者が、きっと店が閉まった夜中にでも侵入したのであろう。
目的は、地下倉庫に一族の財産を隠した場所を記した地図の入った箱を埋めるため。
もしかしたら、デブラーも最初はその目的がわからなかったのかもしれない。
だがその後、ダストン元男爵家の一族郎党は、麻薬の密造と密売の容疑でその多くが捕まり、処刑されてしまった。
さらに王国は、ダストン元男爵家が悪行で築いた富の隠し場所を見つけられていない。
ガブス侯爵はアイリスちゃんが知っていると思って狙ってきたけど、彼女は知らなかった。
まさか彼女が、自分を破滅させる密書を持っていたとは、本人も予想できなかったのだろうけど。
「もしかしたら、デブラーは根本的に勘違いしているのかもしれないな」
「勘違いですか?」
「そうだ、勘違いだ。デブラーはダストン元男爵家の莫大な富を狙っていたので、一族を監視していた。このお店を持ち主である老夫婦がやっていた頃、閉店後、密かに忍び込んでなにかしたのは把握している。同時に、アイリスがなにも知らないことも知っていた」
だからデブラーが先日あのお店に来た時、アイリスちゃんを知っているような素振りを見せなかったのね。
もしそれが私たちに知られたら、ダストン元男爵家のお宝を狙っていることに気がつかれてしまうから。
「まさかアイリスがこのお店で働くことになるとは、デブラーも予想外だったろうな。彼はガブス侯爵がこの店を襲った事実も知っているはずだ。ただ、あの時に詳細な様子を探れたとも思えない。ガブス侯爵の手下は多かったからな。近づけなかっただろう。だから、ガブス侯爵がアイリスを狙っていたのでなく、この店になにかあると思って押し入ったと思っている」
このお店に忍び込んだであろうダストン元男爵家の手の者たちと、ガブス侯爵が手下を率いてこのお店に押し入ろうとした事実。
勘違いしても、おかしくはないのね。
それにしても、デミアンさんの推理はなかなかのものね。
「その勘違いが、結果としては間違っていなかったってのもねぇ……」
実際、この店の地下冷蔵庫の地面の下から、こうしてお宝の地図が出てきたのだから。
「デブラーは、私たちをこの店から立ち退かせ、そのあとお店でお宝探しかぁ……」
そのお宝は、もう出てこないけどね。
「女将」
「お爺さん、なにか?」
「その箱は埋めた方がいい」
「あっ、そういうことですか」
ここでなにも出てこないと、デブラーはまたなにか企むかもしれない。
最悪、アイリスちゃんを狙うかも。
彼女がなにも知らないのは事実だけど、私たちへの人質にして情報を探ろうとする可能性がある。
それともう一つ。
ダストン元男爵家の隠し財産の件を解決しなければ、これからまたずっと面倒なことになりそうであるという事実だ。
「ユキコさん、ボクのせいでごめんなさい」
「アイリスちゃんは悪くないわよ」
「王国軍は出動しないんですか?」
「実は、王国軍は全然違う場所を探しているんだよ。まあ、ブリマス公爵が指揮を執っているんだけどね……」
またあの人かぁ……。
彼は公爵であり、必ずそこにあると自信を持って隠し財産を捜索しているそうだ。
「さすがの僕でも、なにも言えなくてね」
「王族の血を引いているお方なので……」
デミアンさんいわく、一応殿下の親戚だという表情を崩さなかった。
もの凄く無能ってこともないけど、あまり融通は利かない印象を受ける。
「まだ探してたんですね。ダストン元男爵家の隠し財産」
もうとっくに諦めたと思っていたのに。
手に入れば大儲けなので、つい欲が出てしまうのかしら?
犯罪で得たお金だから、王国が没収してもなんら後ろめたいこともないというのもあるんだと思う。
「王都の再開発事業とか、王国も物入りなんでね。王子である僕としては、手に入った方がいいかなって」
ダストン元男爵家の隠し財産は、必ず回収したいわけだ。
「というわけで、場所がわかっているので行くとしましょう。旅はいいよねぇ……」
「私たちもですか? 殿下」
「今なら大丈夫でしょう?」
私たちはお店が……なくなるんだった!
でもまた再開するために、準備ってものが必要でしょうに。
「それなら、ワシが用意しておく」
「お爺さんがですか?」
「ワシももう年なのでな。魔獣の住処を潜り抜けて遺跡に向かうのは難しいのだよ。足手纏いになるのでな」
お爺さんも、現役のハンターでなくなって数十年だ。
私たちと行動を共にはできないけど、新しいお店を用意してくれるみたい。
「その前に、デブラーたちへの対策がある。だから、箱を埋め直すのだが、その前に……。
「偽の地図を入れておくのですね?」
「そういうことだよ、イワン殿」
なるほど。
素直にお店を立ち退いたあと、なにも見つからなければデブラーはまたこちらにちょっかいをかけてくるかもしれない。
偽物でも地図が見つかれば、少なくとも地図の場所になにもないことが判明するまで、再びこちらにちょっかいをかけてくることはないはずだ。
「でも、すぐに地図の場所を探し終えて、そこになにもないことが判明したらどうしますか?」
「ボンタ君。ならばそう簡単に探せない場所にすればいい。ですよね? 殿下」
アンソニーさんが、殿下に確認するように問う。
「そうだね。地図の場所は、今、ブリマス公爵たちが王国軍を率いて探している場所にするよ。信憑性もあるからね」
確かに王国軍が懸命に探していたら、そこにダストン元男爵家の隠し財産があるとデブラーは勘違いしそうだ。
「では、まずはデブラーたちを騙くらかすとしようか」
再オープンして間もないのに、またお店から立ち退かせるなんて……。
ジャパンの方はライアス店長に任せて、今はダストン元男爵家の隠し財産の方に集中するとしましょう。
これで面倒事はすべて終わらせる……、私って酒場の女将なのに、どうしてこんなことばかりしているのかしら?
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