第77話 お休み? お仕事?
「おはよう、女将」
「おはようございます、パンナさん」
「女将のおかげで、うちも売り上げが上がって万々歳さ。早朝からパンを焼いて、今は一休みだ」
「それはよかったですね。私もパンは焼けなくもないんですけどねぇ……素人のパンはお店で出せませんよ」
早朝。
私はニホンの店先で、この地区でパン屋を経営しているパンナさんと挨拶を交わした。
最初は、私たちが普段食べるパンや、ニホンでたまに限定メニューとして提供するレバーパテを載せるパンくらいしか購入していなかったのだけど、私にジャパンで出せるパンは焼けない。
というわけで、サンドウィッチ用の食パンや、サンドに用いるコッペパン、スープカレーやビーフシチューにつけるロールパンなどを大量に注文するようになった。
当初の私の予想すら超える注文が入り、パンナさんはとても忙しいようだ。
急に人手不足となったので、孤児院出の子たちを雇ったそうだ。
この前マクシミリアンさんが来て、これで暫くは安心だと安堵していた。
今年、この地区の孤児院を出た子たちで、職がない子がゼロになったそうだ。
これまではゼロにするなど不可能で、最終手段として神官にしたり、教会で下働きをさせたりしていたみたい。
苦肉の策よね。
孤児の子たち全員が神官志望や、ましてや教会の下働きをしたくはないわけで。
下働きの場合、財政状況が悪い教会だと給料が出ないと聞く。
衣食住だけ保証して、たまにお小遣いを渡すだけとか。
力があればハンターになれるけど、適性がない子がよく魔獣に殺されて命を落とすから、全員が就職できたことをマクシミリアンさんはとても喜んでいた。
彼は商家出身のため、とても現実的で、孤児たちが安定した職を得て結婚し、孤児を出さないように対策を取ろうとする。
それが古くからの教会のやり方に合わず、一部の古い神官たちからえらく嫌われているみたい。
おかげで彼は、もう二度と本部に戻れないそうだ。
どの世界にも、考え方が古く、新しいやり方を受け入れられない人は多いのね。
本人はあまり気にしていないようだって、マリベルさんが言っていたけど。
そんなマクシミリアンさんなので、パンナさんのパン屋が孤児たちを雇ってくれたことに感謝していたわけだ。
私からすれば、埃臭い教義にばかりこだわる本部の老人たちよりも、マクシミリアンさんの方がよほど人を救っていると思うけど。
「明日はニホンもジャパンも定休日か。実は、うちの店も定休日を合わせたけど」
パンナさんのパン屋さんって、もう売り上げの九割以上がうちなので、定休日を合わせた方が楽なのは確かよね。
「女将はなにをするのかな?」
「狩猟と採集ですよ」
「働き者だね、女将は」
狩猟と採集は、仕事でもあるけど、私の趣味なので。
外でお昼を食べ、夜はみんなでバーベキューをする予定だ。
仕事と遊びの境界線がいまいちよくわからないのは、私が典型的な日本人でワーカーホリックだから?
でも、ララちゃんも、ボンタ君も、ファリスさんも、アイリスちゃんも、みんなついて来てしまうのよね。
休めばいいのにって言うのだけど、自分たちも楽しいからやっているのだと言ってついて来るのよ。
採取分に応じたボーナスは出しているけど、みんなデートとかしないのかしら?
この世界だと、そういうのは難しいのかな?
じゃあ、王都の中心部に遊びに行くとか?
「そうですか? 趣味みたいなものですよ」
「そんな風に思える女将は凄いと思うけどね。じゃあ、私はこれで」
この日もニホンとジャパンは通常どおりに営業が行われ、そして翌日の朝。
「ふと思ったのだけど、みんなデートとか王都に買い物に行くとかしないの?」
「「「「……」」」」
ララちゃん、ボンタ君、ファリスさん、アイリスちゃんが一斉に固まってしまった。
私、KYな発言をしたのかしら?
「(ユキコさん)」
「なに?」
「(あのですね……)」
ララちゃんが小声で説明を始める。
「(私はユキコさんが知ってのとおり、家族はいませんし、知人、友人はお店関係の人のみです。恋人や婚約者もいません。ボンタさんも同じです。親分さん関係の友人たちがいるくらいでしょうか? ファリスさんも、恋人はおろか、ミルコさん以外でお店の外に友達がいるとは……。アイリスさんに至っては、どう考えてもお店の人以外では知人すらいませんから)」
そうか……。
みんな、王都で生まれ育っていないから、地元の友達とかもいないのね。
意外と交友関係が薄い……お店で働いている人って案外そうかも……って! 私もそうじゃないの!
「みんな! 今日は楽しみましょう! 魔獣に油断しないでね」
「「「「はいっ!」」」」
というわけで、仕事なのかレクリエーションなのかよくわからない、定休日の狩猟、採集がスタートしたのであった。
「ユキコ女将、久しぶり!」
「ミルコさん、昨晩お店に来ていましたよね?」
「わずか半日でも、俺様はユキコ女将が恋しいぜ」
「ミルコは相変わらずバカだな」
「うるせえ! アンソンこそ、どうしてここにいる?」
実は、ミルコさんとアンソンさんとも合流していた。
ミルコさんは私たちの狩猟、採集を見て参考にしたいらしい。
もう一つ、彼の仕事にも定休日ができたそうで、なぜかうちと同じだった。
うちのお店、ミルコさんからお肉を仕入れていないけどね。
もう品質的には合格なんだけど、逆にそのせいで他からの引き合いが多いみたい。
「女将に、ソーセージ、ハム、干し肉の作り方を教わっているんだぜ。うちでも作れれば、売り上げもあがるんだぜ」
特にミルコさんが欲しいのは、干し肉の作り方。
干す前に漬ける調味液の配合を色々と試しているみたい。
ミルコさんが言うには、ハンターや旅人にとても需要があるのだとか。
正直なところ、保存性優先であまり美味しくないものも多く、美味しい干し肉ならかなりの売り上げが期待できる。
うちもブラッドソーセージ他、色々なソーセージ類を不定期で出しているけど、これが量産できたら、やはりいい商売になると考えているみたいね。
ミルコさん、段々と肉の専門家になってきたわね。
「そういうアンソンだって、わざわざ定休日をニホンと同じにしたよな?」
「ミルコ、それには深い理由があるんだ」
アンソンさんのレストランでもコーヒーや紅茶を出しているそうだけど、高級店ではないせいで、コーヒー豆や紅茶葉の品質がイマイチらしい。
そこで、うちからフレーバーティーとフレーバーコーヒーの材料を仕入れるようになった。
食事の際に出してみたらとても好評だったそうで、それなら定休日を合わせた方がいいという結論に至ったという……。
あれ?
別に合わせる必要はない?
ああ、でも。
フレーバーティーとフレーバーコーヒーは、アンソンさんのレストランの若い見習い料理人さんが買いに来るから、定休日は合わせた方が都合いいのね、きっと。
「ソーダ水、果汁水の濃縮液。これらも仕入れているので、定休日は同じ方がいい。あと、ユキコの料理は参考になる」
それは、たまたま私が現代日本人だからだけど。
料理の腕なら、やっぱり圧倒的にアンソンさんだから。
「これで終わりかな?」
「悪いな、ミルコ。俺もいるぞ」
「久しぶりっす」
続けて、親分さんとテリー君も姿を見せた。
他にも、数名の若い自警団員たちもいる。
「親分さんが狩猟ですか?」
「自警団員は定期的にやって鍛錬しているよ。成果を売却したり、食費の足しにもするがね」
弱い自警団員なんてなんの役にも立たないので、定期的に魔獣を狩って団員たちを強化するのも、自警団の親分の大切な仕事だ。
特に親分さんは、ハンターとしての才能が現れた子たちを積極的に足抜けさせるので、定期的な狩猟は大切な業務というわけ。
「親分さんも大変だ」
「ミルコ、お前も従業員が増えて大変だって聞くぞ。派手な鎧もやめたみたいだしな」
そういえば、今日のミルコさんは最初に装着していた派手な武器と防具を着けていなかった。
どこにでもいそうなハンター風の格好をしている。
「兄貴たちに怒られたんだぜ。『お前が死んだら、従業員たちが路頭に迷うだろうが! 魔獣を引き寄せるような派手な装備を着けるな!』とさ」
ミルコさんは、叱られたのに嬉しそうな顔で話していた。
お兄さんたちに認められて嬉しかったのね。
「考えてみたら、そんなものなくても魔獣はこちらを襲ってくるんだぜ。で、これで全員集合かな?」
「それがまだです」
「おはよう、女将」
「おはようございます、マクシミリアンさん」
次の参加者は、教会からの参加であるマクシミリアンさんであった。
他にも数名のハンターたちを連れている。
彼らはプロのハンターたちに見えた。
マリベルさんは……狩猟は無理そうなのでいなかった。
「実は、彼らは孤児院の出でね。頑張ってプロのハンターとして生計を立てている。他にもいるが、彼らは月に一度。こうやってボランティアで狩猟に参加してくれるのさ」
なるほど。
お金を寄付するのではなく、狩猟と採集の成果を教会に寄付するわけね。
今日は数名だけど、他にもこういうことをしている孤児出身のハンターたちがいるのだと思う。
「これだけ揃えば、沢山成果を得られそうだな」
これで全員揃ったので、さてまずは魔猪でも狩ろうと思っていたら、思わぬ参加者が現れた。
「よ……僕たちも急遽参加することにしたから」
「「「「「「「「「「はい?」」」」」」」」」」
そんな……いきなり殿下から参加するからと言われても……実際、殿下の正体を知っている私を含めたみんなが唖然としていた。
知らない人たちは、特になんとも思っていないみたい。
この殿下、実はかなりの切れ者のようで、正体がバレないように普通のハンターの格好をしていたからだ。
「でん……「おっと、僕のことはリカルドと呼んでくれ。どこにでもいるリカルド君だね」
いや……この国の王太子殿下がリカルドという名であることを知らない人は……意外といるか。
しかも、リカルドというファーストネームは他にいないわけでもない。
平民でも、王太子殿下にあやかって命名したなんて人もいたらしいから。
「リカルド様」
「様はいらないよ」
「リカルドさん」
「さんもいらないけどね」
それは無理!
だって、あなたはこの国の王太子殿下、次の王様なのだから。
「デミアンさんも大変ですね」
「もう慣れた。このくらいのお忍びなら、昔よりも遥かに護衛が楽なのでな」
殿下、これまでどれだけデミアンさんに負担をかけてきたのですか?
だから彼はツンデレさんになってしまったとか?
多分、次の王として下々の生活を見ておきたかったとか、そんな理由だと思うけど……。
「やっぱりお忍びはいいね。じゃあ、始めようか? 狩猟」
「で……若、そこに顔を出しにくそうにしている者たちがいます」
「あっ、イワンとアンソニーだ」
えっ!
二人もいたの?
実は、彼らが最後の参加者たちだったと。
なんでも、魔獣の肉を纏まった量欲しいそうだ。
イワンさんは今、モラトリアムの時間を堪能すべく……駄目貴族とはいえ、ガブス侯爵失脚の原因となったせいで、ほとぼりが冷めるまで公職につけず、人生の目標であった麻薬事件も解決したので公職に未練はないようだけど……しばらくハンター業を続ける予定だって聞いていた。
アンソニー様も、なぜかハンターの格好をしているわね。
「ユキコ君たちの前に出にくかったなぁ……」
「予想外の方々がいたからね」
普通は、狩場でこの国の王子様に出会えるとは思わないだろうから当然よね。
「アンソニーさんも、そういう格好をするんですね」
狩猟時の装備なんだけど、さすがに男爵家の当主なのでいい武器と防具を持っているわね。
「狩猟は貴族の嗜み……実は、言うだけの奴も多いけどね。明後日、我が家に何名か貴族とその家族を招待するのだけど……」
その時に振舞う料理の材料、主に魔獣の肉は、貴族自身が狩った獲物の方が格が高いとされるらしい。
材料の品質や料理の美味しさよりも、貴族自らが材料を狩ってきた事実こそが評価されるわけね。
「ぶっちゃけ、ミルコ精肉店から仕入れた方が美味しいと思うけどね」
普段狩猟をしない貴族が狩った魔獣の肉は、処理や保存に問題があるケースが大半だからなぁ……。
間違いなくミルコさんのところから仕入れて料理した方がいいと思うけど、味の問題じゃなくて貴族の慣習だから仕方がない。
自ら走り回って集めるイコールご馳走なのであろう。
亡くなったお祖父ちゃんも、古い友人が遊びに来る時は、必ず自分で狩った獲物の肉を調理して出していた。
お祖父ちゃんは狩猟の名人だったから、美味しいジビエ料理が食べられたけどね。
「お褒めに預かり、俺様光栄だぜ。イワンさんはその手伝いなのかな?」
「私は今、ハンターなのでね。アンソニーの手伝いさ。アルバイト代は友情価格となっている」
「ユキコ君がいるからじゃないのか?」
「獲物の処理や、採集物の見極めなど。私もまだまだだからね」
イワンさんは今、本当にハンターとして活動していた。
軍系貴族の次男なので腕は確かなのだけど、やはり獲物の処理や、採集物でどれを採ればいいのか、まだわからないことが多いそうで、今日私たちに同行して習う予定だ。
「みんな揃ったようだし、行きましょうか?」
随分と大人数だけど、この方が効率もいいので、効率よく沢山採って、早く戻ってバーベキューにしましょう。
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