第53話 日常に戻った島

「本当に観光客も来るんですね、この島って」

「風光明媚で、船で簡単に行ける島であり、釣りの名所であり、近場の人たちが小旅行で来るそうだよ」



 数日後。

 私たちは、ようやく人の出入りが自由になった島の中心部を散策がてら歩いていた。

 それほど多くはないけど早速観光客の姿が見え、町の中心部では市が開かれ、お土産や飲食物が販売されていた。

 つい何日か前まではお家騒動の真っ最中だったのに、もうそんなことはなかったかのようね。

 首謀者であるボートワンとその家族は島を出て、これからどうなるのか……。

 彼の息子であるトーマスは優秀ではないし、軽挙妄動に出やすい性格なので前途は厳しいかも。

 ボートワンの死後、没落は避けられないかもしれない。

「ザッパーク氏も前途多難だと思うよ」

「ギクシャクしますからね」

 知り合い同士ばかり住んでいる小さな島の住民たちが二つに割れたのは事実で、フランツの氷の棺を奪われたボートワンは己の罪が白日の元に晒され、家族と共に島を追われることとなった。

 彼らが船で島を去る瞬間は見ていたけど、あれは悲しい光景だった。

 ボートワンに与した人たちも、追放はされなかったが。減給や降格の処分は受けている。

 フランツ君の死を知りながら隠し、ボートワンの孫を次の当主にしようとしたので悪質だが、あまり多くを追放すると、領地が回らなくなってしまうという事情もあったから。

 ボートワンとその家族がすべての罪を被ったというものある。

 トーマスは最後までブー垂れて、ザッパークさんに嫌味を言っていたけどね。

 家臣たちの配置も大幅に変わった。

 ボートワンに与していた人たちは軒並み左遷され、ザッパークさん支持の家臣がそれにとって代わる。

 こうしないと統治が安定しないので仕方がないけど、元ボートワン派の家臣たちから不満が出ても仕方がない。

 自分たちが悪いのだけど、それを素直に認められる人は非常に少ないからだ。

「彼らは、潜在的なザッパーク氏の反抗勢力だからね。それでも彼は、彼らを用いなければならない」

 ボートワンについた人たちを家族ごと全員追放したら、確実に領地が回らなくなってしまうからだ。

 人口も減って、経済力も税収も落ちてしまうだろう。

「たとえ大貴族でも、すべての家臣やその家族、領民がその人を支持しているわけがない。心に異心を持っている者たちもいるのさ。それでも当主は、彼らも呑み込んで領地なり家を治めなければならない」

「貴族って大変ですね」

「だから私は、次男でよかったと思うよ」

 イワン様は、もし貴族家の当主になっても上手くやれそうな気がする。

 すべてを呑み込んで、きっといい当主になれるであろう。

 本人は嫌がりそうだけど。

「巡検使として自由に旅をして、その地方の美味しいものを食べ、酒を嗜み、美しい景色を見て、面白い人たちを出会う。お気楽でいいね」

 とは言いつつも、ラーフェン子爵家のお家騒動を解決するのにもっとも貢献したのはイワン様だからなぁ……。

 魔法で作り出した幻覚でボートワンたちを欺き、屋敷に侵入してフランツ君の遺体を回収してきた。

 そう簡単に教えてはくれないだろうけど、これまでにもこういう危険なことをしてきたはず。

 命の危険もあったかもしれない。

 でもそんな苦労を自慢気に語るようなこともせず、まさしく大人のいい男って感じね。

 親分さんみたい。

 そういえば、親分さんは元気かな?

 今『ニホン』がある地区は、本当に取り壊されてしまうのかしら。

「今回、私には大きな収穫があったね」

「この島の海の幸ですか?」

「それもあるけど、ユキコ君に出会ったことかな?」

「私ですか?」

 私なんて、だたの飲食店店主だけど……。

 巡検使であるイワン様の方が凄い人だと思う。

「君は戦いになって犠牲者が出ないよう、一時休戦と見せかけるため祭を開き、ボートワン一派を美味しい料理とお酒で会場に釘付けした。プロの軍人ではなかなか思いつかない、面白い策だと私は思うよ。珍しくて美味しいものが飲み食いできると聞いて、屋敷の警備をサボった奴らがいてね。屋敷に残っていた警備兵たちも酔い潰れていたし、とても侵入が楽だったのさ」

 それは、ボートワン一派の人たちが不真面目なだけだったような……。

「地方貴族の兵たちなんてそんなものさ。普段は他の仕事をしていたり、ハンターをしているのは、まだ戦闘力では貢献できるからマシな方かな? 呼ばれた時だけ兵士っぽいことをするわけだ。それでもいると面倒だけど。おかげで私も強硬策に出ずに済んでよかった。一人二人なら、戦闘不能にするのも已む無しと思っていたから。殺さないようにするのは難しいからね。それに手間取ると、フランツ殿の遺体の回収に失敗していたかもしれない」

 大半の貴族たちが常備兵など雇う余裕はないので、兵は家臣の子弟や領民から選ばれた者たちだったりする。

 当然、常備兵を抱えている王国や大貴族になど歯が立つわけもなく、それでも十分な兵士がいれば、イワン様は任務に失敗したかもしれないわけね。

「それに君は……」

 そう言いながら、イワン様は顔を近づけてきた。

 ああっ……やっぱりいい男ね。

 親分さんといい勝負かも……でも、親分さんのような哀愁や渋さが足りないかも。

「聞いたところによると、私と同じような魔法を使えるようだね」

「私は調理に使える魔法と、食べ物や水、調理器具しか収納できませんので」

「変わってるね。私も攻撃魔法は苦手な方でね。『分身』とか『収納』とか、戦闘にあまり関係ない魔法ばかりなのさ」

 イワン様が別の空間にものを仕舞える魔法が使えると聞いたのは、私がボートワン一派を屋敷から引き離すために祭りを開くと提案した時。

 フランツ君の遺体を屋敷から盗み出す人員を決めようとした時だ。

 イワン様は、自分一人でやると立候補した。

 私は、フランツ君の遺体は腐らないよう氷漬けにされて重たくなっている可能性を指摘し、イワン様一人では難しいと意見したのだけど、彼は魔法で『収納』すれば大丈夫だと答えた。

 一人でやった方が、特に私たちは祭りの会場にいた方が警戒されないと提案し、実際にボートワン一派の油断を誘えたのは事実であった。

「君はなかなかに面白いね。王都で美味しい串焼きを出す酒場の、女性店主の話は朧げに聞いていたけど。確かに君は面白い」

「面白いですか?」

「同時になかなか魅力的な女性でもある。噂のお店は、現在お店のある地区が、王国の再開発計画に巻き込まれて混乱しているから休業中だとか?」

「詳しいですね」

 この人、私のことを知っていたようね。

「お店が再オープンしたら、私も寄らせてもらうよ。今から楽しみだ」

「お待ちしております」

 とはいえ、いつお店は再開できることうやら。

 でも、イケメンで優しく、頼りがいのある巡検使さんに出会えたので、これは目の保養になってよかったかもね。




「ユキコさん、イワン様はどうなされたのですか?」

「次の巡検があるって、先に島を出てしまったのよ」

「そうですか……イケメンで目の保養になったんですけどね」

 島を船で出て小さな漁港に戻り、今度は北西方向を目指して旅を続ける私たちであったが、ララちゃんはイワン様が見れなくなったことに未練を感じているようだ。

 目の保養的な理由で。

 私も同意見だけどね。

「いかにもデキるって感じの人ですよね」

「そうそう」

 ただのイケメンではなく、あの人はとても優秀で、さらに誰にでも優しいときた。

 きっと女性にモテるんだろうなと、思ってしまうわけだ。

「ボンタ君も、イワン様みたいに成長できるといいわね」

 ボンタ君は十五歳で、イワン様は今二十五歳だそうだ。

 つまりボンタ君には、あと十年の猶予があるということね。

「頑張って、ボンタ君」

「ユキコさん、さすがに顔の造りはどうにもなりませんよ」

「ララさん、それはないですよぉ」

「そうよ、ララちゃん。男は顔じゃないのよ」

「と言いつつ、女将さんの周辺にいる男性はイケメン揃いですけどね」

 親分さん、ミルコさん、アンソンさん、そしてイワン様。

 確かにイケメンが多いわね。

「……ボンタ君は料理の才能があるから、きっといい女性と出会って、一緒にお店をやるような将来になるって。可愛い子と出会えるわよ」

「そうですよね。僕は頑張って腕を磨いて、可愛い子と知り合いますよ」

「「「……」」」

 やる気を出してくれるのはいいのだけど、一つ引っかかることがあった。

 ボンタ君は、私、ララちゃん、ファリスさんをまったくそういう対象として見ていないという。

 職場の仲間なのでそれでいいと思うけど、せめてお世辞だけでも『女将さんのような女性と結婚したいです』とか言ってくれたらよかったのに。

「「……」」

 ボンタ君の後ろを歩いているララちゃんとファリスさんの目は、私と同じことを語っていた。

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