第44話 直言

「というわけで、私はブランドンさんより依頼を受けました。このお店は暫く私たちが経営するのですが、同時にあなたたちは修業を兼ねて下働きです」

「はあ? どういうことだ?」

「どうもこうも。言葉のとおりよ」


 私は、ヨハンに対し事実をそのまま伝えた。

 肝心のヨハンは、いまいちわかっていないようだけど……。

「だからそのままよ。私はあなたを一人前の店主にするよう、ブランドンさんから依頼を受けた。高額の報酬が発生しているので私はちゃんとやりますが、あなたが修行が辛くて逃げ出してしまう可能性もあるので、そうなったらこの依頼は終わりです」

「高額の報酬?」

「ブランドンさんが出したのよ」

「この女! 祖父さんを騙しやがったな!」

 ヨハンは、本当に理解力が低いというか、お店が上手くいかなかったせいで頭に血が上っているのか?

 私に掴みかかろうとしたけど、ボンタ君によって取り押さえられていた。

 ボンタ君は強いなぁ……。

 これで私を、お母さん扱いしなければいいのに……。

「時間が惜しいので簡潔に言うと、あんたは色々とルール違反を犯して、このままだと地元を出て行った方がマシな状況なのよ。それをブランドンさんが、どうにかあちこちに頭を下げて最後のチャンスを貰ってきたのわけ。あんたがこのチャンスを逃せば、もう二度と地元でお店なんてできないし、あんたを雇うところもないはず。つまりここを出ていかなければならない」

「俺がここを追い出される?」

「当たり前でしょうが! 自分がしたことを思い出しなさい!」

 私が合図をすると、ファリスさんがヨハンの頭上に魔法を用いて水を作り、それが彼の頭に落ついてズブ濡れになった。

 これで頭を冷やせばいいけど……。

「冷たぇ!」

「冷静になったかしら? 私たちはいつ店を畳んで出て行くかわからないので、修行は通常の店舗経営と並行して行います。明日からこのお店で新しいメニューを出すので、ヨハンたちはこのお店を綺麗に掃除すること」

「掃除なら、今の今までしていたぞ!」

「そうだ! そうだ!」

「横暴だ!」

「不合格よ!」

 たちまちヨハンたちが抗議してきたけど、私は不合格だと断言した。

 飲食店を経営するに際し、まずは毎日お店を清潔に保つのは常識だ。

 私たちが最初に店を借りた時、お店は隅々までよく掃除されていた。

 ブランドンさんがやったのだと思うけど、それに比べたらヨハンたちは駄目ね。

 大まかなところはちゃんとやってあるけど、見えないところや細かいところが全然駄目だ。

「見えないからいいかとか、そこまで細かくやる必要位はない、という言い訳は聞きたくないです。明日までにちゃんと掃除しておくように。できなければ、夜寝ないでもやってください。明日の朝、ここで新メニューの仕込みを行うので」

「明日?」

「誰かさんがしょうもない因縁つけて、私は一週間分賃料を損したのよ。これからは一日でも無駄にしません。文句ある?」

 ヨハンには、ハッキリ言わないと駄目みたい。

 とにかく、彼が動けばインゴとデルクも動く。

 まずは掃除をして明日からのリニューアルオープンに備え、臨時店舗という名の屋台もお店の隣に移してこれまでと同じメニューを出す。

 お店の方は新メニューにした方が、アルバイトたちの不満も少ないだろう。

 ヨハンのお店が屋台と同じメニューを出せば、新規参入しようとしている町の飲食店からの反発が大きくなるのだから。

 この砂浜で、もはや新規参入は避けられない。

 そこで、ヨハンには新しいメニューを出すお店をやらせる。

 ブランドンからは高額の報酬を得ているので、まあこれはサービスというやつだ。

 ヨハンが新メニューを安定して作れるようになり、インゴとデルクを従業員として上手く使いこなし、お店を黒字にする。

 それができなければ、彼は地元にいられなくなるだけなのだから。

「なお、日当はないです」

「はあ? それは酷いだろうが!」

「勘違いしてない?」

「なにをだよ?」

「私はあなたを教育しているのよ。のちに、このお店で新メニューを出せるように。どうして従業員じゃない人たちに日当を支払う必要があるのかしら?」

 屋台のアルバイトたちは、ちゃんと仕事をこなしているので日当が出ている。

 けれど、ヨハンたちはそうではない。

 私たちにお金を払って……ブランドンさんが出したけど……教わる立場なので、日当など出るはずがないのだ。

「三食、賄は出すわ。どうせ休日なんてないから、日当を得ても使う機会がないけどね」

「休みはナシだと!」

「そうなるわね」

 我ながら酷いと思うけど、このくらいやらないとインゴとデルクはともかく、ヨハンが覚悟を決めないであろう。

 ある種のショック療法だ。

「あなたが一人前になれば、好きに休みを設定すればいいわ。それでお店が繁盛しようと潰れようと、それはあんたの責任なんだから。でも今の私には、あんたを教育する責任があるの。とはいえダラダラと教える時間的な余裕もないし、高額とはいえ何年も教えるほどの報酬とも言えない。ある程度の期間で目途が立たなかったら、私は知らないわ」

「無責任だぞ!」

「そうだ! 無責任だ!」

 ヨハンに代わり、インゴとデルクが文句を言ってきた。

 最後まで責任を持って、ヨハンを一人前にしろと。

「確かにブランドンさんが出した報酬はそれなりに高額だけど、私も従業員たちを抱えて商売をしているの。いつまでも芽が出ない人を教えている余裕はないわ。もし何年も面倒を見てほしかったら、その十倍は貰わないと。予め言っておくけど、私の言う報酬は相場よ。いつまでも上達しないヘボに何年もかかわっていたら、こっちの商売に影響が出るもの。安い報酬でアドバイスしてくれる人に頼む? わかっていると思うけど、そんな人はあんたたちと同類よ。それっぽいアドバイスだけして、報酬を貰ってトンズラ。結局なにも変わらなかったというのが関の山ね。どうする? ここから逃げて別の場所で商売でも始める? 今のあんたたちだと、また同じ失敗を繰り返すと思うけど」

「「「……」」」

 ヨハンにはストレートに言った方がいい。

 実際に私の言葉を聞き、ヨハンたちは完全に項垂れてしまった。

 今の自分たちの置かれた現状をようやく理解したのであろう。

「で、どうする? やめてもいいけど。ブランドンさんはバカな孫に大金を注ぎ込んで失敗して、周囲の人たちも『やっぱりこうなったか』と納得する。それで、あんたたちはここにいられなくなって三人で逃げ出す。他所で新しい店を開く……のは難しいわね。無一文のあんたたちにお金を貸す人なんていないわ。いたとしても怖い金貸しで、返せなかったら鉱山とかタコ部屋じゃないかしら?」

 それはそうだ。

 他所から逃げてきたなんの実績もないどころか、マイナス評価のヨハンに金を貸す人なんて、なんにか別の思惑があるとしか思えない。

 一生借金を返すため、悲惨な境遇になるのは目に見えていた。

 じゃあ、まともに働いてお金を貯めて店を開いたら?

 最初からそれができる人であれば、ヨハンたちは今こうなっていない。

 だからブランドンさんは、今回が最後の更生の機会だと思ってお金を出したのだから。

「やってやる! 年下の小娘のくせに偉そうに言いたい放題! 俺が本気になったらどれだけ凄いか、目にもの見せてやるぜ! インゴ、デルク。ここは耐え忍んで、この店を祖父さんが経営していた時以上に繁盛させるんだ! お前らも頑張れ! 支店も出すからな! お前らは支店長候補だ!」

「ヨハンさん! 俺も頑張るよ」

「ほえ面かかせてやるからな!」

 よくも悪くも、ヨハンたちは単純であった。

 私の挑発に、計画どおり乗ってくれたのだから。

「じゃあ、掃除は頼むわね」

「ピカピカにしてやるぜ! やるぞ!」

「「おおっ!」」

 これなら大丈夫そうだ。

 私たちは、明日からその綺麗になったお店で出すメニューの下準備に取りかかることにしたのであった。

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