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「おいっ! 何処行こうとしてんだよ!」


 突然清里に後ろ襟を引っ張られた真人は、そのまま尻もちをつく形でひっくり返った。


「うわっ!」


「え? 何逃げようとしてんですか?」


 清里は怒った表情を作ると、地面に尻もちをついて座っている真人をわざとらしく睨みつける。


 そして、彼は真人の太ももの辺りに蹴りを入れ始めた。


「にげられない、にげられない、にげられない……キャハハハハ!」


 林は手にまるでゲームのコントローラーを握っているような格好をして、真人を操作する仕草をしてひとり声を上げて笑った。


「ハハハ! 林のそれ何? 何かのゲームのネタ? マジ受けるぅ!」


 田代は手で膝を叩いて喜んでいる。


 そのとき、誰かが駐輪場の裏へ入ってきた。


「あん? おまえ、転校生の相川じゃん。何? 何か用?」


 三人の注目を一斉に浴びた転校生は、全く気にする様子を見せず、軽く手を振った。


「ああ、忘れもの。何やってんの?」


「オレら、今、川村くんと遊んでんのよー、相川も混ぜてやってもいいよー」


 意地の悪い含み笑いを浮かべながら田代は言った。


「おっ、いいねー! いいねー! リーリーリーリィー!」


 林は野球帽を脱いで盗塁する動きを見せる。


「おい、それなんだよ? 意味わかんねーし。林、ときどきおもしろくねーんだよ!」


 田代はしかめっ面をして、林の方に向けて唾を吐き捨てる。林は片足を軽く上げてそれを上手くかわした。


「あぶねーあぶねー! リーリーリーリィー!」


 相川はそんな二人を無視すると、ゆっくりと真人の方に近づく。


「お、おめーも遊んでいく? 転校生? くんだっけ?」


 真人を蹴っていた清里が、一旦足を止めて振り返る。


「ふーん」


「あ? 『ふーん』ってなんだよ? なんか文句あんの? くん? あ? おめえ、むかつくんだよ。ビビってんでしょ?」


 清里は思い切り腕を振りまわした。拳は相川の左の頬を強く打った。相川はよろけながらも清里の方を睨んだまま、眼を逸らさないでいた。


「なんだよ、その眼はよぉー!」


 清里が二発目を振りかぶったとき、駐輪場の方から声がした。


「おい! おまえらそこで何やってる!」


 初老の男性が、箒と塵取りを持って駐車場の真ん中辺りに立っていた。


「ちぇっ、誰だよ? 用務のじじいかよ。林、キヨちゃん、いこーぜ、面倒くせー」


 田代と林は用務員の方を一瞥すると、駐輪場とは逆の西門の方へと歩きはじめる。


「ちっ!」


 清里は暫く相川の方を睨んでいたが、やがて地面に唾を吐き捨てると田代たちの方へと駆けて行った。


 相川は田代たちが去って行くまで、ずっとその場で動かずに見ていた。


 そして、彼らの姿が完全に視界から消えると、彼は体操服を持ったまま蹲っている真人に手を差し伸べた。


「……おい、大丈夫か? 遅くなって悪かったな……」


「あ、相川くん? ど、どうして……?」


 真人は恐る恐る相川の手を取ると、ゆっくりと身体を起こした。


「……忘れものしたんだよ」


 相川はそう言って笑った。

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