第28話

「ただいま」


「おう戻ったか。お? 何だその人間たちは?」


 ラルカとカインが戻った家には、三人の竜人が集まっていた。

 どうやら母親の看病をしている最中らしく、手には効きそうにもない薬草が持たれている。


「この人たちが、母さんを治してくれるかもしれないんだ」


「……何だと? ただの人間じゃないのか?」


 カインの言葉を聞いて。

 威嚇するように尻尾を揺らしていた竜人の動きが止まった。


 これまでに様々なことを試し、それでも治る気配がなかった病気だ。

 にわかには信じられないが、話を聞くだけの価値はあるだろう。


「ただの人間じゃない。それだけは、私とカインが証明するよ」


「ラルカ……本当なんだな……?」


「うん」


 ラルカの目は自信で満ち溢れていた。

 ここまでの信頼は、そう簡単に得られるものではない。

 ましてや、竜人が人間に向けるものと考えたら、十分過ぎるほど勝ち取っている。


「分かった。人間、本当に治せるんだな?」


「……少し様子を見せてくれ」



(リヒトさん、どうしますか? この人を蘇生させたら、元気な姿で蘇るんですよね?)


(あぁ。でも、蘇生させるためには一度死んでもらわないといけない。この囲まれている状態でどうすればいいんだ……)


 期待の眼差しを背中に受けながら、リヒトは医者のような仕草を真似て時間を稼ぐ。

 ここで問題になったのは、どうやってこの母親を殺すかというものだ。


 明らかにおかしな動きをすれば、即座に攻撃が始まってしまう。

 しかし、逆に治療(蘇生)に成功すれば、かつてないほどの信頼を手にできるだろう。


 この瞬間が、これからの命運を分ける――ターニングポイントだった。


「リヒトさん、任せてください」


「え?」


 ロゼは、覚悟を決めたように一歩分母親へと近付く。

 そして、竜人からは牙が上手く隠れている角度で、母親の首に噛み付いた。


「……おい人間、一体この娘は何をしているんだ?」


「い、今は――脈を測っています。脈拍数によって治療法が変わったりしますので、これは絶対にやっておかないといけないことなんです」


「そうなのか、邪魔してすまなかったな」


 あまりにも大胆な殺害方法を、リヒトは何とかそれらしいセリフでカバーする。

 バレたくないという気持ちが前に出て、いつの間にか敬語になってしまっていた。


 後は、ロゼが殺し終えるのを待つだけだ。

 ロゼも不審に思われてはいけないということを分かっているようで、目立たないように血を吸っている。


 それによって少し時間がかかっているが、その判断に一つも間違いはない。


「リヒトさん。終わりました」


「良し。《死者蘇生》」



「――っ!」


 母親は、バッと悪夢から目覚めるように飛び起きる。

 その光景を、この部屋にいる全ての竜人が目を丸くして見つめていた。


「なっ!? 母さん!」


「嘘でしょ……本当に治った!」


 カインとラルカもその例外ではない。

 蘇生されたばかりの母親に触れることで、やっと今起こっていることが真実だと理解していた。

 何が起こったのか理解できていないのは、張本人の母親だけである。


「カイン、ラルカ……体の痛みが消えたけど、一体どういうこと――」


「お母さん! この人が治してくれたんだよ。どうやったのかは分からないけど、もう大丈夫みたいだから!」


 ラルカは、母親へ自慢するようにリヒトのことを紹介する。

 母親からしたら初対面の人間だが、周りの反応からして命の恩人で間違いはないらしい。


 自分でも完治を諦めていた難病を、眠っている間に治してしまうなど、もはや神の領域だ。

 体には後遺症すら残っていない。

 あの時の痛みを、思い出すこと自体が難しいほどである。


 まるで、過去の自分がリセットされ、新しい自分が始まったかのような感覚だった。


「あの……お名前を……」


「あ、リヒトです。こっちの人はロゼ」


「よろしくお願いします」


「リヒトさん、ロゼさん。ありがとうございます……何とお礼を言ったら良いか……」


 母親、そしてラルカとカインは、二人に対して頭を下げる。

 竜人が人間――それだけでなく、他の種族に頭を下げるなど、通常では有り得ない事態だ。

 それほどまでに、感謝の気持ちを伝えたかったのだろう。


「借りは倍にして返す――というのが、我ら竜人の信条でして。何かお二人にお礼をしたいのですが……」


 遂に来た。

 リヒトは、心の中でガッツポーズをする。


 倍返しの精神――もし戦いになっていたとしたら、これもまた倍にして返されていたはずだ。

 ひとまず、全てが上手くいったことに対しての喜びを隠しながら、リヒトは焦らずについでのような言い方で当初の目的を口に出す。


「それなら、武器や防具の加工なんですけど、ぜひ竜人である皆さんの力を借りたいと思っています」


「おいおい。そんな簡単なことでいいのかい? 武器の加工なんて朝飯前だぜ? なぁ、カイン」


「いや、そうは言ってられないと思う。リヒトさん、あの武器を見せてあげてくれませんか?」


 拍子抜けしたような顔をしている竜人とは裏腹に、カインは難しそうな顔をしていた。

 リヒトの持つ武器を見たことによって、どれほどの難易度かを理解していたからだ。


「これです」


「――おぉ!? 何だこりゃあ……」


 カインとラルカ以外の全員が、武器を見た瞬間にゴクリと固唾を飲む。

 ここまで立派な物は見たことがない。

 なぜ人間がこのような物を持っているのか――そんな事すら考えられなくなるほど心が惹かれていた。


「素材は俺たちの方で用意しますから、加工の方はお任せしていいですか?」



「……カイン、ラルカ。こりゃあ当分忙しくなるぞ」


「恩は絶対に返すよ。ね、ラルカ姉さん」


「うん」


 この日が。

 ディストピアと竜人との、長きに渡る関わりの始まりであった。


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