第17話

「どこよ、ここ……地下のダンジョンに入ったはずなのに……」


 シズクが立っていたのは、自然に溢れた森のような場所である。

 アレンたちと一緒に地下ダンジョンへ入ったにも関わらず、気が付いたらここにいた。


 周りにもアレンやジョゼの姿はなく、隔離されてしまった状況だ。

 今すぐ二人を探すべきだろうが、どこに移動すれば良いか見当がつかない。


 それほどに、広大な領域であった。


「お姉さまお姉さま。人間が来た」


「そうね、イリスちゃん」


 そんな困惑しているシズクの前に現れたのは、金髪のエルフの姉妹だ。

 美しい――同性のシズクでさえ、そう思ってしまうほどの美貌がそこにある。


 自然豊かなこの領域も相まって、一つの絵画を見ているような気分になった。


「お姉さまお姉さま、この人間倒した方が良い?」


「そうよ、イリスちゃん。魔王様の命令だから頑張らないと」


 見とれているシズクを余所に、姉妹の間ではシズクへの認識が決まってしまったようだ。

 それも、敵として認識されてしまったらしい。


 やはり、ここは地下ダンジョンの中であると再認識させられる。

 このエルフの姉妹も、自分を殺そうとしている立派な敵であった。


 シズクは、敵意を見せつけるように剣を抜く。


「エルフさん。今すぐ逃げるのなら、見逃してあげるわ。選びなさい」


「ティセお姉さま、何か言ってる。自分の立場が分かってないみたい」


「まあまあ。人間だから仕方がないんじゃないかしら」


 シズクのハッタリも、二人には全く効果が見られない。むしろ小馬鹿にされているくらいだ。

 自分たちの能力に、絶対の自信を持っている故の態度なのだろう。


 数的不利に加えて能力差まであるとしたら、かなり厳しい戦いを強いられることになる。


「《妖精使役》」


 先に動いたのは、エルフの姉妹の方だ。

 イリスと呼ばれた妹の方は、数匹の妖精をシズクに向かって仕掛けさせた。


 何ともエルフらしい能力であり、範囲攻撃の乏しいシズクには厄介な戦い方である。


「〈繚乱斬〉!」


 妖精がどのような効果を持っているか分からない今では、不用意に近寄らせるわけにはいかない。

 鍛え抜かれた剣術で、トンボほどの大きさの妖精を切り裂く。


 器用に切り裂いた妖精は、美しさすら覚える光を放って消えた。

 イリスの使役できる妖精の量に限界があるのかは不明だが、シズクにはこの作業を続けるしか選択肢が残されていない。


 しかし、集中力が切れ始めてきた二十匹目で事件は起きる。


「――キャア!?」


 突然腕に走る痛み。

 その箇所を見ると、シズクの剣術から逃れた妖精が張り付いていた。

 何とか引き剥がそうとするも、既に手遅れになっている。


 その妖精は、皮膚に溶けるようにして内部へと消えていく。

 皮膚と同化した――という表現がピッタリだった。


「――か、体が」


 妖精が内部に入ったことで、シズクの体は雷に撃たれたかのように痺れ始める。

 麻痺状態になった時の典型的な症状だ。

 耐性によって長年味わっていなかった症状が、まるで復讐するかのようにシズクの体を走った。


「お姉さま、作戦成功! 褒めて褒めて」


「よしよし。《精霊使役》」


 ティセは、イリスの頭を撫でる片手間に精霊を呼び出す。

 エルフらしく、姉妹揃って使役する能力だ。


 妖精の方は何とか防いでいたものの、麻痺してしまった今では、逃げることすらできない。

 目の前で精霊が、自分の腕に溶けてゆく。


「――ウッ! ウプッ……」


 シズクに訪れたのは、押し寄せるような吐き気だった。

 死んでしまった方が楽とさえ思えるほど、体が悲鳴をあげている。


(状態異常にステータスダウン……!? まさか同時にやってくるなんて――とにかく、このままじゃヤバい!)


 シズクは、この状況の恐ろしさに気付く。

 状態異常とステータスダウンであるため、命には直接影響しない。

 しかし、意識を保っていられるのが奇跡と思えるほど体は衰弱しつつある。

 動けないまま生かされているというのが、何よりも恐ろしかった。


「お姉さま、この人間はどうするの?」


「そうね……それに関しては何も言われてないから、ロゼにでもあげようかしら」


「それは有効活用。お姉さま天才」


 シズクは薄れゆく意識の中で、これから自分の身に起こることに恐怖するしかできなかった。


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