第16話

「何この死霊の数! これを本当に一体が使役してるって言うの!?」


「誰も一体だとは言ってないだろうが。これほどの強さの死霊を、これほどの数だけ使役しているということは――恐らく、十体ほどリッチがいるようだな」


「十体だと? ジョゼ、本気で言っているのか? 十体もリッチがいれば、それこそ殺し合いになるだろ」


 ダンジョンの中に入った四人を待ち構えていたのは、数え切れないほどの死霊だった。

 ここまで統率が取れているということは、何者かに使役されていると考えて間違いない。


 ジョゼの考えだと、十体分のリッチに相当する量だ。


「チッ! 何が起こってるのか分からん! お前ら、絶対に離れて行動するなよ!」


 アレンがそう指示を出す。

 しかし、残りの三人からの返事は聞こえてこなかった。

 聞こえてくるのは、反響した自分の声だけである。



「こんにちはー……すみません、何人かに分けるよう命令されたので、この領域に連れてきちゃいました」


「――だ、誰だ!?」


 アレンはバッと振り返る。

 そこには、自分と歳も変わらなそうな女性が立っていた。


 その美しい顔は、人間界の貴族を優に超えているほどであり、この恐ろしいダンジョンにいること自体が不自然だ。

 もし敵だとしたら、背後を取ったというアドバンテージを放棄するほど余裕があるらしい。


「私はロゼと申します」


「貴様がこのダンジョンの主か……ジョゼの野郎、大ハズレだぜ」


「ダンジョンの主……? 何をおっしゃっているのか分かりませんが、貴方のお相手は私です」


「――そんなことは分かっている!」


 アレンは、目にも留まらぬスピードで剣を抜き、ロゼに向かって斬りつける。

 その太刀筋は、Sランク冒険者という名前に負けない見事なものだった。


 人間が相手であれば、反応すらできずに斬られてしまうだろう。

 それは魔物でも同じであり、たとえ反応できたとしても、その後の追撃を躱すことは不可能だ。


 しかし、今回の相手はロゼである。


「――なっ!?」


 何故か、アレンの手から剣が消えていた。

 膨大な戦闘経験があるアレンでも、このような現象は一度も起きたことがない。

 剣がすっぽ抜けるほど素人でもなく、剣を投げて攻撃するほど腕があるわけでもない。


「良い剣ですね……人間には勿体ない――いいえ、やっぱり何でもありません」


 行方不明の剣は、いつの間にかロゼが手にしていた。


 アレンは混乱する。

 奪うチャンスがあったとすれば、攻撃がヒットしそうになったあの一瞬だ。

 どう考えても人間の技ではない。


「貴様……どうやって俺の剣を」


「あまりに遅かったので、ちょっと拝借してみました――あ、これはお返ししておきます」


 そう言って、ロゼはポイッと剣をアレンに返す。

 これ以上興味を持てるような品ではなかったらしい。


 背後を取ったにも関わらず声をかけ、せっかく奪った武器も簡単に返却してしまう。

 この余裕が、アレンは許せなかった。


「おい。この死霊を使役している奴は誰だ? 貴様じゃないのは分かっている。そいつの場所を教えろ」


「場所ですか……? 詳しい場所は分かりませんけど、リヒトさんと一緒にいるんじゃないかなぁ」


「――リヒト?」


 ポロリとロゼが零した言葉。

 それは、アレンが聞き慣れている者の名前だ。


 どうしてロゼがリヒトのことを知っているのか――それよりも気になったのは、まるでリヒトが生きているような言い方である。


「何故貴様の口からリヒトの名前が出てくるんだ? 知り合いか――? いや、それは有り得ない」


「……? それはこちらのセリフです。どうして貴方がリヒトさんのことを知っているのです――あ、なるほど……」


 ロゼは何かを理解したようだが、アレンは何が何だか分からない。

 死んだはずのリヒトがまさか生きているのか。一瞬だけそのような考えが頭の中を過ぎったが、冷静に考えると馬鹿馬鹿しいだけだ。


 処刑という確実な死によって、リヒトは過去の人物となっている。


「まあどうでもいい。リヒトの名前を出したら、俺が躊躇するとでも思ったか?」


「はぁ……これはリヒトさんの気持ちも分かります。あと、もう貴方負けてますよ」


「――なっ!?」


 アレンの手には、二匹のコウモリが噛み付いていた。

 特に痛みは無いが、このままではマズイということだけは直感的に理解できる。


 しかし、そう思った時にはもう遅い。

 血が吸われているためか、自分の意思では動かせなくなった。


「……この体格だと、そこまで血が取れないだろうなぁ。あれ? リヒトさんが蘇生させてくれたら、もしかして永久機関になる? 今度試してみてもらおっと」


「な……貴様……!」


 ここで。

 アレンの意識は完全に途切れる。


 次にアレンが目を覚ますのは、全身に群がるコウモリの中であった。


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