第6話

「失礼しまーす」


「……いらっしゃいなの」


 労働調査のため、最初にリヒトが訪れたのは、もっとも最深部に近い領域だ。

 この領域を任されている人物は綺麗好きなようで、百年分のホコリを掃除している最中である。


 特に本が多い領域であるため、他の領域に比べて何倍も大変そうだった。


「大変そうだな……」


「仕方ないなの。むしろ、綺麗になった時の達成感が凄いはずなの。それで、何をしに来たなの?」


(フェイリス……だったよな。アリアから教えて貰った情報だと、いつも何を考えてるか分からない人――って、そのまんまだな)


 フェイリスは、首を傾げてリヒトの返事を待つ。


 表情に全く変化はない。

 警戒されているのか、それとも単純に気になっているだけなのか。

 文字通り、何を考えているのか分からなかった。


「ディストピアを守る上で、みんなの負担が大きすぎるという話を聞いたんだ。それをどうにかするための調査……かな。アリアの許可は取ってるから安心して――」


「――貴方こそ私たちの救い主。何でも協力するなの」


 リヒトの言葉が終わる前に。

 フェイリスは、すぐさまリヒトの足元へ跪く。

 手のひらにキスまでしてしまいそうな勢いだ。

 この反応から、どれだけ過酷な労働環境だったかが見て取れた。


「じゃ、じゃあ、フェイリスが今担当している領域は何個あるか教えてくれるか?」


「五個なの」


「五個!?」


 リヒトはついつい声を荒らげてしまう。

 フェイリスたった一人で、五個の領域を担当しているという事実が信じられない。

 この様子だと、残りの三人も同じくらいの配分になっているだろう。


 リヒトが想像している以上に、ディストピアの人手不足は深刻なようだ。


「敵が来た時は大変なの。魔王様に一番近い領域だから、プレッシャーも数倍」


「苦労してるんだな……」


「イリスとティセは、ペアで領域を守ってるから私にまで仕事が回ってくる。これは仕方がないことだけど……」


「なるほど」


 軽く話を聞くだけで、ディストピアの問題点が続々と発見される。

 そして、これらは一朝一夕で解決されるような問題ではなかった。


「こうなったら、空いてる領域はトラップとかで代用するしかないかもな。アリアが了承してくれたらの話になるけどさ」


「今の魔王様なら、機嫌が良いから何とかなりそうなの。それに、リヒトさんは私たちを復活させてくれた張本人。きっと話を聞いてもらえるなの」


 言葉の通り――かなり協力的なフェイリス。

 掃除をしていた手を止めて、リヒトをしっかりと見つめている。


「今こそ、革命の時なの」


 もはや反旗を翻そうとしているのではないか。

 そう思ってしまうほどの熱意がそこにはあった。


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