第2話

「リヒト、何か言い残すことはあるかい?」


「……ここはどこだ?」


 リヒトは憎そうに処刑人の男を睨む。

 しかし、こういった視線は職業上慣れているようで、特に物怖じするような様子はない。

 ただ、愉快そうに笑っていた。


「見ての通り処刑場だよ。お前の心臓を一突きした後に、この崖から突き落とす。苦しまずに死ねるだろうぜ」


「下衆が」


「下衆? 感謝してほしいくらいだけどなぁ。今からでも、極限まで苦しむメニューに変えることだって出来るんだ。口には気を付けろよ」


 処刑人の男はチラリと拷問器具を見せる。

 男の言っていることは本当のようだ。


 手錠がかけられていなければ、多少の抵抗は出来たであろう。

 しかし、そのようなミスをするほど間抜けな男ではなかった。


「まあ俺も、処刑されるなんて不憫に思うがな。自分の運を――ん? おしゃべりは終わりだってよ」


 パン――という謎の音が処刑場に響き渡る。

 男の反応からして、これが処刑執行の合図らしい。

 心の準備もできないまま、リヒトの処刑は執行されることになった。


「まさかSランク冒険者様がこんな最期だなんてな。人生ってのは何が起こるか分からんもんだ。そうだ、死なない可能性に賭けてみたらどうだい?」


「やるならさっさとしろ」


 そうかい――と、処刑人の男は呟く。


「あばよ」


「――グアッ!!」


 痛い。

 リヒトの頭はそれしか考えられなかった。


 処刑のプロというのは伊達ではなく、寸分の狂いなく心臓へ刃が突き立てられる。

 これだけで十分に致命傷であるが、確実に殺すための蹴りが背中に入った。


 抵抗する力も残っていないリヒトは、そのまま崖から岩のように落下する。

 美しさすら覚えてしまうほどの手際だ。


「へっ、やっと今日の仕事が終わったぜ。やけに忙しい日だったな」


 処刑人の男は刃についた血を拭きながら、満足そうに帰途についた。


 男の頭の中には、既にリヒトのことは残っていない。

 いつもはしているはずの死亡確認も、怠慢という形で行わなかった。



 そこで。

 《死者蘇生》のスキルが発動することになる。



 ここでしっかりと死亡確認をしなかったことが。

 処刑人の男にとって――人類にとって、最大のミスとなることを、今はまだ誰も知らなかった。



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