もしの王子さま

隠れ豆粒

プロローグ

 僕には変な趣味がある。いや、癖と言うべきかもしれない。

 昔(といっても川で大きな桃が流れてくるほど昔ではない)のことをよく思い出し、その時もし別の選択をすればの「もし」を頭の中で繰り広げるというものだ。頭の中で展開されてゆく別の未来は必ずしも自分にとって有利になるわけではない。そんな時はまた別の選択をした場合を展開しなおす。簡単に言うとシミュレーションと同じことだ。まあ、僕の思考次第ではあるのだけれど。

 そうして、後悔を薄れさせたりするのが目的だった。

 特に「もし」にハマっていた中学一年生のあの一年間。あの日々は幸せで、悲しくて苦しくて、でもやっぱり幸せだった。

 幸せも悲しみも苦しみも、全部彼女からもらった。

 そして、その幸せがもしかしたら今も続いていたのかもしれないと考えると、頭の中で別の選択をした場合どうなっていたかをシミュレーションしてしまうのである。

 もしも、もしも、もしもあの時……

 なんて言うと、かの有名な物語のようかもしれないけれど、それよりもきっと、僕のもしもは残酷で幸せだ(サイコパスなわけではない)。

 けれどそんなことを言っても誰も共感してくれないことはわかっている。


 この物語を書く前に僕の癖を知っておいてほしくて書いたのだけれど、今はもう、僕は「もし」なんか、絶対に考えない。



 大人たちには悪いけれど、この本はある子供に捧げたいと思う。それにはちゃんとした理由はない。その子供というのは、僕にとってかけがえのない親友なのだ。他にも理由はあるわけない。この人は、大人のための本でも何でもわかってくれる人だ。三つ目の理由(があるわけあるか)。その人は今どこにもいなくて、飢えと寒さの中で慰めを必要としている(僕が)。それでも足りなければ、この人がいつか大人になった、その大人にこの本を捧げたい。子供もいづれは大人になる(だがこのことを自覚している人は少ない)。というわけで、僕はこの献辞をこう書きなおしたい。


どこにもいない、櫻木詩音に

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