ヤンデレと学者
※「オルネア」を「ルネア」に変更します。申し訳ありません。
兵士が去っていったのを見て女性は糸が切れた人形のようにへなへなとその場に座り込んだ。心底恐怖していたようだ。
「大丈夫か?」
「え、ええ。ありがとう。別に危害を加えられた訳ではないから大丈夫」
が、彼女はまだ恐怖が残っているのか、俺の方を少しおびえが混ざった視線で見つめてくる。
「しかし一体なぜ?」
「実は俺は……」
「あ、すいませんこんなところで話をして。大したものはないけどうちに来ない?」
「確かにもう遅いからな」
俺が言ったときだった。隣にいたシオンが、ごほんごほん、と咳払いして何か言いたげにこちらを見てくる。
「何だよ」
「まさか出会ったばかりの女性の家に上がり込むつもりですか?」
シオンが刺のある口調で言ってくる。こんな時間なので当然のなりゆきと思えてくるが、言われてみると良くないことのように思えてくる。
「確かに急に行っても準備とか出来てないだろうしな」
「いえ、そういうことではなく……」
普段一人で暮らしているところに急に二人で押しかけては色々迷惑だろう。
「分かった、それなら町の酒場にでも行くか」
「何か気を遣わせてしまってすみません」
「いや、いいんだ。それよりも俺たちはこの町は初めてだから案内してくれないか?」
「分かったわ。とはいえ遅い時間だから開いてるのは大体酒場になるけど」
「だろうな」
小さい町であればあるほど店は閉まるのが早い。そのため遅い時間に町に入ったときは大体酒場にお世話になっている。
「では私のおすすめのところへ紹介するわ」
そう言って彼女は路地裏にある一軒の店に入った。中にいる客は少ないが、いかにも気の良さそうな男性が「いらっしゃい」と言ってくれる。他の客が食べている料理もおいしそうで、いいにおいが漂ってくる。
テーブル席につくと女性が口を開く。
「まずは先ほどは助けてくれてありがとう。私はルネア」
「俺はオーレンだ」
「私はシオン。先に言っておきますけど彼に色目を使わないでくださいね。オーレンさんはいい人なので誤解してしまうこともあるかもしれませんが、誰にでも優しいというだけで別に好意とかはないので」
そう言ってシオンは大袈裟に俺の腕を掴んでくる。ルネアは目を丸くしているが、俺は苦笑するしかない。
「まあこういうやつだけど悪い奴ではないんだ」
「そう。ただ、私は男性恐怖症なの。だからあなたが心配するようなことにはならないと思う」
「そうですか。それなら問題ありません」
シオンがほっと息をつく。そう言えばルネアは兵士相手にも脅えた様子であったが、あれはそういう理由もあったのか。
「まずは何からお話したらいいかしら」
「俺たちはロンドの街から来た冒険者なんだが、ちょうど農業に詳しい人を探していてな。皆が冒険者や狩人をやって食っていける訳じゃない。だから腕に自信がない人も安全に生活できるようにしたいんだ。とりあえず農具は集めつつあるが、やはり詳しい人がいた方がいいだろうと思ってな」
「それはその通りだわ」
ルネアは俺の話を聞いて熱心に頷く。
「私は皆の暮らしを豊かにしたいと思って、実は元々皇都で農業の勉強をしていたの。幸いにもそこでいい研究を残すことが出来て、モルドレッド公爵の目に留まり、召し抱えられた」
「それはすごいな」
今を時めく公爵に見いだされるとはよほど優秀な人物なのだろう。
彼女からは人並以上の魔力も感じるのである程度魔法の腕もあるに違いない。
「だが、それが何で?」
「私は元々植物の勉強が専門だったけれど、その途中で魔法にも詳しくなった。農作物は土地の土壌だけでなく、魔力の流れによっても発育が左右されるし、魔力をこめた肥料は通常のものより効果が大きいこともある。その過程で私は植物魔法にも詳しくなったんだけど、公爵は私の知識を農業技術の向上ではなく自分の魔法の研究のためだけに使おうとした」
「要するに魔法の研究ばかりするよう強制したのか」
いくら多額の給料をもらっていても、元々人々の暮らしを豊かにするために勉強していたのに貴族のためだけに働かされるのは不満もあるだろう。
「そうね。でもそれだけならそこまで悪い話ではなかった。給料は良かったから自分の研究費に回すことも出来たし。ただ、公爵は元々私の容姿に目を付けて採用したみたいで、次第にその……セクハラまがいのことが増えてきた」
「なるほど」
冒険者の世界ではあまりないが、貴族のように上下関係が明確な世界ではそういうことがよくあるのだろう。
改めて俺は冒険者で良かったと思った。ある程度実力があれば嫌なやつとは関わらないですむ。例えばゴードンのような。
「それで公爵家を抜け出してここまで逃げてきた。でもかえってちょうどいいと思ったの。なぜならここでなら私が学んだことを直接生かすかすことが出来ると思ったから。でもさっきのを見たでしょう? 現実はなかなかうまくいかないみたい」
せっかくよかれと思って芋を作っていたのにあのような対応をされてはさぞ無念だろう。
「そんなことがあったのか。だが俺たちの町は辺境すぎてまともな代官もいないから好きにやってくれて構わない」
「本当に!? 税も払ってくれたのにそこまで言ってくれて何とお礼を言ったらいいか」
そう言って彼女はしきりに頭を下げる。
「代わりに町の人に芋の作り方を教えてくれたらいい」
この町の人にはそういう発想はないようだったが、本来であれば技術を教えてもらうのは報酬が発生するべきことだ。
「ええ、この芋は見た目は悪いしそこまで味がいいという訳でもないけど、荒れた土地でも育つことにかけてはどの作物にも負けないから」
「ちょうどそういうものを求めてたんだ」
偶然の出会いであったが、俺たちとオルネアの出会いはお互いが求めていたもの同士であった。シオンもルネアが本当に男性が苦手だと感じ取ったのだろう、心を開いて少しずつ話すようになった。
こうして俺たちは意気投合して遅くまで飲み、彼女の魔法や植物の知識、俺たちの冒険の話などを語り合ったのだった。
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