ヤンデレと芋

 その後俺はシオンと一緒に教団のケイオス教団の生きている人々を捕縛し、サマルの衛兵に引き渡しにいった。兵士たちもまさか辺境の小都市にこんな恐ろしい教団が棲みついていたとは知らず驚いていたが、俺たちがアジトがあった跡に案内するともう一度目を丸くしていた。


 そんなこんながあって事後処理が一段落するとすっかり辺りは暗くなっていた。夜は昼間よりも危険な魔物が荒れ地をうろうろしていることが多い。


「遅くなったし、今日はここで泊まっていくか」

「そうですね。でも町は大丈夫でしょうか?」

「出発する前もワイルドボアの群れを倒したし大丈夫だろう。それにちょうど農業に詳しい人を見つけて連れ帰ろうと思っていたところだったからな」

「なるほど。農業に詳しい男性の方が見つかればいいですね」

「そ、そうだな」


 シオンは妙に「男性」というところを強調しつつ頷く。

 彼女は彼女で一人で教祖以外を壊滅させたので疲れているのだろう。


 俺たちが町外れの教団アジトの跡から街の中心部へ戻ろうと歩いている時だった。不意に遠くから人が争うような声が聞こえてきた。どちらかというと町の外の方だ。


「何だ?」

「行ってみましょう」


 俺たちは物音のする方へと走っていく。そちらにはだだっ広い畑が広がっており、数人の兵士と一人の女性が言い争っているのが聞こえてくる。


「どうした」


 俺が駆け寄って声をかけると兵士はうっとおしそうに眉を顰め、女性は助けを求める気持ちが半分、脅えが半分といった様子でこちらを見つめる。

 暗くてよく見えないが、彼女は長く手入れされた茶髪に、整った顔立ち、何よりスタイルが良かった。庶民的な服装に身を包んでいるが、この辺で生まれ育った人とは少し雰囲気が違う。


「俺たちはただ税の徴収に来ただけだ。関係ない奴は引っ込んでいろ」


 そう言って兵士は手に持っていた宝石と公式の紋章を見せる。おそらくこいつらは正規の兵士なのだろう。当然正規の兵士だからといって悪事をしない訳ではないが。


「返して!」


 それを見て女性が叫ぶが、兵士が武器を構えているせいか距離を置いている。

 大方、強制的に物品を差し押さえたということか。正直これを見ただけでは何とも言えない。


「あなたは税を滞納したのか?」


 俺が声をかけると彼女は少しびくっとしつつ答える。


「いえ、きちんと芋を納めようとしたのですが受け取ってもらえないんです」


 言われてみれば周囲の畑にはたくさんの芋が植えられている。この町の税の相場は分からないが、納税に困るようには思えない。

 すると兵士ははあっとため息をついた。


「何度も言わせるな。いいか、この町の税は代官様を経由して偉い伯爵様の元に納めるんだ。それなのにこんな貧相な芋で払える訳ないだろ」

「そ、そんなのひどい。やっぱ中央の貴族なんてろくでもない人ばかり!」

「何だと!? お前、言っていいことと悪いことがあるぞ!」


 売り言葉に買い言葉とはよく言うが、目の前ではまさにそのような言い合いが繰り広げられていた。

 とはいえ兵士の様子を見る限り、こいつらをこの場で倒して解決するような問題でもない。そんなことをすれば代官やその偉い伯爵とやらと敵対するだけだろう。


「貧相って言われてもこんな荒れた土地で育つだけありがたいと思って欲しいわ」

「何を言うのか! 他の者たちは頑張って小麦を育てているのだぞ!」

「こんな痩せた土地で小麦の栽培を強制させているからこの町は貧しいままなんじゃないの!?」

「う、うるさい! それを決めるのは代官様だ。とにかく税を払え!」


「なあ、この芋は痩せた土地でも育つのか?」


 少し気になる話になってきたので俺は横から割って入る。

 見る限りこの辺の土地は小麦を育てるには向いておらず、どこの畑を見てもあまりうまくいっていない様子であった。だからどういう作物が向いているのかにも詳しい人はありがたい。


「そ、そうよ。それに短い期間で成長するわ。見た目と味はいまいちだけど」

「これを育てられるのはあなただけか?」


 彼女はどことなくこの辺の人にはない気品のようなものが感じられるし、兵士が持っていこうとする宝石も一般人が手に入れられるようなものでもない。農業にも詳しそうだし、もしかすると訳アリでこんなところにいるだけで学がある人なのかもしれない。


「当然だ! こんな貧相なものを栽培するやつは他にはいない!」


 俺たちの会話に兵士が割って入ってくる。案外こいつらもクビにならないように必死で仕事をこなそうとしているだけなのかもしれない。そう思うと可哀想に思えてくる。


「分かった、それならロンドに来て俺たちに芋の育て方を教えてくれないか? ロンドもここに負けず劣らず土地が貧しいんだ」

「本当に!?」


 俺の提案に彼女はぱっと表情を輝かせる。


「おいおい、どこに行こうが勝手だが、払うものは払っていってもらおうか」

「それならこれでどうだ」


 そう言って俺は先ほど教団を壊滅させたことに対して受け取った報酬を兵士に渡す。それを見て兵士は驚いたような顔をする。


「ほ、本当にいいのか!?」

「ああ」


 兵士たちは顔を見合わせて頷く。


「ま、まあ俺たちはもらうものをもらえれば細かいことはどうでもいい。好きにしろ」


 そう言って兵士たちは宝石を俺に投げつけると立ち去っていった。

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