ヤンデレとナダルの街 Ⅱ

 買い物を終えると日も沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。ただの旅道具の買い物だったのに、俺が今まで使っていたものを全て買い替えることを要求してきたので長くなってしまった。


「良かったですね、これで前のパーティーの時に使っていたものは全てなくなりました」


 買い物を終えると、シオンはご満悦であった。

 俺も古くなったものを買い替えられたので良かったのかもしれない。普段ものぐさであまり自分からそういうことはしないので助かったいうことにしておこう。


「さて、夕飯でも食べに行きましょうか」

「そうだな、大分遅くなったし俺も腹減った」

「ではどこに行きましょうか……せっかく大きな街に来たのでいつもの酒場みたいなところではなく雰囲気のいいレストランみたいなところに行きたいですね」

「たまにはいいかもな」


 冒険者ギルドに依頼の受理や報告に行くと、大体ギルド経営の酒場があるのでそこで食事も済ませてしまうことが多い。ギルド経営の酒場は冒険者向けの安くて量が多いメニューも豊富にそろっているのだが、結局いつも似たようなものばかりになってしまうことが多い。


「どこに行く?」

「ではあそこなどどうでしょう?」


 そう言ってシオンが指さしたのは落ち着いた雰囲気の建物だった。酔っ払いの喧噪が聞こえてくる酒場と違い、ちょっといい服を着た人々が出入りしている。

 普段全然入らないような店だが、たまにはいいだろう。


 中に入っていくと、そこでは裕福な商人や、デート中と思われるカップルが食事を楽しんでいる。それを見てシオンは頬を赤くする。


「こんなところで二人で食事なんて……私たちもカップルみたいですね」

「そ、そうか?」


 俺は首をかしげたが、確かに夫婦水入らずの人も何組かいる。

 そして俺たちも冒険者パーティーとはいえ男女二人だ。


「そうですよ、こんなところに来るなんて夫婦か恋人以外ありえないです」

「そんなことないと思うんだが。ほら、あそこの人たちとか」


 そう言って俺は店の隅の方で何人かでまとまって座っている集団を指さす。きれいに着飾った女性が何人かの男女に何かを話しているようだ。

 が、それを見たシオンが浮かれていた表情が急速に冷えていく。


「え、何で私以外の女性を見てるんですか? しかもあの女、巨乳ですよね。そんなに巨乳がいいんですか?」

「いや、シオンが他の客の話題振ったんだろう」


 そうは言ったものの、確かにあちらのテーブルで話している女性はグラマラスで、大人の色気があった。着ているドレスも確かに胸元のきれこみが深く、スカート部分にもスリットが入っている。


「やっぱり見てるじゃないですか!」


 バン、と音がしてシオンがテーブルを叩く。

 違う、今のはシオンが見ていると言ったからつい見てしまっただけだ。


「ありえないです……何で私と一緒にいるのに他の女を見ているんですか?」

「見てない!」


 俺は否定したが、シオンの心には届いていないようで、急に眼が虚ろになる。


「そうですよね、すみません、ちょっと取り乱してしまいました。私こんなことばかり言ってるからオーレンさんにも嫌われるんですよね。こんなんだから、他の女のことを見てしまうんですね……」


 急にシオンはしゅんとした表情になる。相変わらずテンションの上下が激しすぎてついていけないところがある。

 俺は諦めて話題を流すことにした。


「そ、それよりも早くメニューを頼もう」

「そうですよね、このお店、魚がおいしいらしいですよ」


 メニューによると近くを流れている川で取れたての魚を出しているらしい。また、メインディッシュを頼むと自動的にサラダやパンもついてくるコース料理形式だった。普段適当に好きなものを頼む酒場とはちょっと違う。


 そしてしばらくの間、珍しい野菜を作ったサラダや、何時間もかけて煮込んだと思われるスープ、そしてメインディッシュの川魚のソテーなど運ばれてきた料理を食べた。色々あったものの、どの料理もとてもおいしかったので俺たちはしばらく料理に夢中になってしまっていた。


 シオンも料理がおいしかったからか、いつもよりも柔らかな表情になっている。普段は氷のような表情ばかりなので少し珍しいなと思ってしまう。こうしていつも黙って笑顔でいてくれれば可愛いんだがな。


「すみません、ちょっと外しますね」


 食事が一段落した後、そう言ってシオンは立ち上がると歩いていった。手洗いだろう。

 俺が一人で食事の余韻に浸っていると、不意に近くを歩いていたウェイトレスが何かにつまづいてよろけた。そしてその拍子に、手に持っていた料理を落としそうになる。俺はとっさに席を立つと、皿を受け止める。皿に載っていた魚が舞い上がったときは冷や汗をかいたが、上手く皿でキャッチすることが出来た。


「す、すみません」


 ウェイトレスがこちらを向いて頭を下げる。俺はたまたま通りかかった振りをして皿を差し出す。


「たまたま後ろを通ったもので、料理が無事でよかったよ」

「ありがとうございます」


 ウェイトレスはお礼を言って皿を受け取った。

 俺が席へ戻ると、誰かがこちらへ歩いてくる気配を感じた。何だろうと思ってそちらを見ると、先ほどのグラマラスな女性だった。

 いつの間にか彼女が一緒に飲んでいた人々は解散しており、彼女からは酒のにおいが濃厚に漂っている。ここが酒場ならそういう商売の女かと思ったのだが、こういうお店にもいるのだろうか、と少し疑問に思う。


「ウェイトレスがつまづいたところまで大分離れていたのに料理をこぼさずに受け止めるなんて、見たところなかなかの使い手ね。少なくともAランク……もしかしたらそれ以上かも」


 今の一瞬でそこまで見抜くとは、ただの酔っ払い女ではないらしい。女もよくみると酔っているように見せかけて足取りはしっかりしていたし、訓練された歩き方に見える。俺はそこまで酔っていなかったが、彼女の身のこなしを見て気を引き締める。


「誰だ」

「私はエレノア。あなたは冒険者?」


 そう言いながら俺の腕に体を押し付けてくる。豊満な胸が俺の腕に押し付けられ腕が柔らかな感触に包まれるが、俺はシオンが戻ってきた時どういう反応を見せるかが気が気でない。


「そうだが、一体何で俺は色仕掛けされてるんだ? 金か?」

「別にお金には困ってないわ。ただ、耳よりな話があるのよ。ねえ、ここで話すのもなんだし、今晩の宿を教えてくれない?」


 エレノアは俺の耳元でささやくように言う。

 シオンから感じるものとは違った大人の色気に俺は思わずぞくりとしてしまう。落ち着け。ここで冷静さを失えばまたシオンが事件を起こす。


 そう思って俺はどうにか冷静さを保つ。ある意味シオンのおかげで冷静さを保つことが出来たと言っても過言ではない。

 先ほどもこいつは他の男女と酒を飲んでいたし、何らかの目的のために人を集めているのだろう。こんな怪しい女とは関わらない方がいいだろう、と思う自分もいたが俺の実力を一目で見抜いたのであれば只者ではない。もし良くないことを企んでいるのであれば野放しにする訳にはいかない。


「分かった……“雛鳥の揺り籠亭”というところだ。連れが帰ってくると面倒だからさっさと立ち去ってくれ」

「あら、冷たいのね。ではまた夜に」


 そう言って女は去っていった。

 そして彼女と入れ違いにシオンが戻ってくる。料理がおいしくてご機嫌のようであったが、席に戻って来るなり表情を豹変させた。


「女の臭いがします」


 その瞬間、空気がぴしりと凍り付くような雰囲気を感じた。言われてみればさっきの女は香水の匂いが濃かった。


「まさかとは思いますが、私がいない隙をついてよその女と会ってなんかいませんよね?」


 少しの間、シオンは感情の消えた目でじっと俺を見据える。俺は動揺を悟られぬようじっと彼女を見返す。しかし彼女が俺に病的な好意を寄せていることは別にしても、一人のパーティーメンバーとして話しておくべきだろう。


「実は……」

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