ヤンデレとナダルの街 Ⅰ
その後村の畑に倒れた大木を浄化した俺たちは夕方ごろにナダルという街に到着した。一番近くだったというのもあるが、オレゴン伯爵という人物の居館がある街であり、付近では一番大きい。
そのため俺やシオンにふさわしい依頼も見つかりやすいだろうと思っていた。俺は実力だけならSランクパーティーのメンバーにひけをとらなかったし、シオンも圧倒的な魔力があるし、エルダやジルク以上の力はあると思われる。そこまでの力がある俺たちが簡単な依頼を受ける訳にもいかず、難度の高い依頼を受けようと思えば必然的に大きめの街を目指す必要があるという訳だ。
ナダルの街は二メートルほどの石造りの城壁に囲まれており、街の周囲にいくつかある門には兵士が何人か立って見張っていた。噂によるオレゴン伯爵という人物は厳格な人物らしいが、街の外観を見るだけでも何となくその気配が伝わってくる。
「ここまでいかめしい街は辺境と王都ぐらいしか聞いたことないな」
「そうですね。大体は城壁を造るほどの財力がないか、そこまでの脅威がないことが多いですし」
そんなことを話しつつ街の門に向かう。兵士に検問を受けている旅人の列が出来ていたが、俺たちが近づくころにはちょうど列もなくなっていた。
「名前と旅の目的を」
兵士の一人が尋ねる。どうも彼らが兵士たちの長らしい。その脇では指名手配犯の似顔絵が描かれた紙を持って俺たちの姿を見比べている兵士がいる。
「オーレン、冒険者だ」
「シオン。同じく冒険者です」
俺たちはギルドの登録証を見せる。
それを見た兵士長はうむ、と頷く。冒険者は仕事の都合で街を移動することが多いため、どの街のギルドでも支障なく依頼を受けられるよう、しっかりした登録証が発行されている。
「ところでここまでしっかり検問をしているなんて、事件でもあったのか?」
指名手配犯ぐらいは検問で見分けることは出来るだろうが、名前や職業は尋ねたとしても本当であることを証明するのは難しい。俺たちは正規の冒険者だから登録証が発行されているが、そういう証明が出来る者は少ない。そのため、検問は労力がかかる割にあまり意味がない。
「うむ、最近この街では邪教徒が入り込んで勧誘活動を行っている。伯爵様はそれに大層お怒りらしくてな」
「なるほど」
「邪教徒というのはどの宗派の者でしょうか?」
シオンが尋ねる。同じく神を信仰する者として気になるのだろう。
この国で一番信仰を集めているのは法と正義を司る神ジャスティンであり、ほとんどの王族や貴族、そして宗教にこだわりのない人々に信仰されている。確かシオンも復讐神ヘラの信仰に目覚めるまではジャスティンの聖印を身に着けていたと思う。
だが、他にも神は何柱もおり、豊穣の神や鍛冶の神なども存在する。そして特に社会の害となる神は“邪神”とされて信仰を違法とされている。有名なのは魔族が崇める邪神ドレッドノートだろう。
「ケイオス神だ……ん?」
ケイオスというのはドレッドノートに次いで魔族の信仰が篤いと言われる神だ。主に破壊と無秩序を尊ぶ危ない神だ。
が、そこで兵士長はシオンがぶら下げている聖印に目を留める。復讐の神ヘラは邪神認定は受けていないし信仰する人も少ないが、歓迎もされていない。
「何ですか、私の信仰に何か問題でもありますか」
シオンは刺のある口調で言い返す。
すると兵士長も顔をしかめた。
「当然だ、ヘラ信仰の者はいつも事件を起こす!」
「それは神に対する侮辱と捉えてもよろしいでしょうか」
二人の間に険悪な空気が立ち込める。
「まあまあ、別に違法とされている訳じゃないんだ。どうせ通してはもらえるんだしそれくらいにしておけ。それに彼もこれまで問題を起こした信者のことを言っただけで、別に神を侮辱した訳じゃない」
「しかし……」
「という訳だ。シオンは俺の言うことなら聞いてくれる。それに街の中に邪教徒が出るのなら高ランクの冒険者がいた方が安全だと思わないか?」
「エターナル・ダーク・フォース!」
唐突にシオンは闇魔法を発動して近くに転がっていた岩を破壊する。今回は岩を狙ったから良かったものの、門に発射されていたら確実に大穴が空いていただろう。
目の前でいきなり大魔法を使用された兵士たちはだらだらと冷や汗を流す。
「……という訳です」
そう言ってシオンが冷たい目で見つめると、さすがの兵士長も恐怖心からか後ずさる。
「わ、分かった。通るがいい」
兵士長もシオンがそこまでの力を持っているとは思わなかったのか、俺たちを通すことにしたらしい。それを見てシオンは困った、という様子で俺に言う。
「全く、話が分からない兵士たちは困りますね」
「そういうとこだぞ」
酒場でジルクを吹き飛ばすところを見てしまった俺は兵士の言うことにも一理あると思えてしまった。
街の中もところどころに巡回している兵士がおり、少し物々しい様子であった。それでも街の規模が大きいため、また夕暮れ時という時間もあって仕事終わりの人々で通りは賑わっていた。
そんな中、ふと一軒の旅道具屋の前でシオンは足を止めた。テントや毛布、水袋のような旅行や野営に使うようなものを取り扱っている店だ。
「あの毛布、ナブナシカのものらしいですよ」
シオンが店頭に置かれている毛布を指さす。前に聞いたところによると、保温性が高い上に手触りがよく、多少値は張るものの人気らしい。
「そうか、いいものらしいし買ってもいいんじゃないか?」
「オーレンさんは今何の毛布を使ってるんですか?」
「俺はゴードンにもらったお古をそのまま使ってたな。あんまり物にこだわりないし」
「ゴードン……は?」
やつはけち臭いところがあるので、パーティーの出費を減らすためにやたら自分やメンバーのお古を捨てずに再利用しようとしていた。
俺はそこまで気にしていなかったのだが、それを聞いたシオンは目をかっと見開いた。
「今すぐ捨てましょう」
「え?」
「あのクズパーティーにもらった物は皆今すぐ捨ててください。何なら私が全部新しいものをプレゼントします」
シオンは有無を言わさぬ強い口調で言った。
「だってあいつにもらった物なんて思い出すだけでも虫唾が走るじゃないですか」
「いや、別に誰にもらった物でも物に罪はないと思うんだが……」
バキッ! と音がしてシオンが握っていたペンが折れる。突然の音だったのでついびくりとしてしまう。
「オーレンさんは優しいんですね。でも、私は見ているだけで不愉快です」
一瞬彼女は笑みを浮かべたが、すぐに無表情に戻る。
そこまで言うか、と思ったが確かに古くなっているものも多くある。買い替えるならタイミングはいいのかもしれない。
「そ、そうだな……せっかくだし一式買い替えるか」
「はい、それならお揃いのものを買いそろえましょう」
そして俺たちは毛布やテントから鍋、水筒までほぼ全ての旅道具を買いそろえた。シオンの方はそこまで古くなっていた訳でもないのに、俺と同じものを全て新調した。
そして俺が今まで使っていたものはシオンにより残らずこの店に下取りに出すことにさせられたのだった。
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