ヤンデレ聖女

 俺が滞在していた宿にシオンがやってきたと聞いて、最初はあの時シオンもお礼どころではなかったので改めてお礼に来たのだろう、というぐらいに思っていた。


 宿のロビーに降りていくと、そこにはこの前会った時とは違いきれいなローブをまとい、身だしなみの整ったシオンが右手に布が被せられたバスケットを持って立っていた。あの時はそこまで考える余裕はなかったが、こうして見ると彼女はとても可愛らしい外見をしている。


 しかしその表情はまるで氷のように冷たかった。周囲にいた宿泊客たちもざわざわしていたが、中には「あれが最近噂の“氷の聖女”じゃないか?」という者もいた。


 “氷の聖女”というのは最近にわかに流れている噂である。近くに現れた魔物の群れをあり余る魔力で一人で殲滅させた聖女がいて、当然それを見た誰もが礼を言い、賞賛し、あるいはパーティーに誘ったがそのいずれにも氷のような表情であしらったという。

 そのあまりの強さと態度から一部で噂になっているらしいが、そもそも彼女はそこまでの魔力を持っていないしダンジョンで出会った時もそういう印象はなかったし、人違いだろうとその時は思っていた。


 彼女は俺を見るとぱっと花が咲くような笑顔に変わる。先ほどまでの冷たい表情とはまるで別人のようで、どこにでもいる少し可愛い年頃の少女である。


「オーレンさん、すみません押しかけてしまって」


 そんな彼女を見て先ほどこそこそ噂していた者たちも「何だ人違いか」「“氷の聖女”があんな笑いする訳ないからな」などと言っている。


「いや、どうせ暇だったから大丈夫だ。部屋まで来るか?」

「は、はい」


 シオンは少しはにかみながら頷く。

 俺の部屋に入ると、シオンは少し緊張しながら椅子に腰かける。


「まずは先日はありがとうございました。私はシオンと言います。おかげさまで命が助かりました」


 確か彼女の名前を知ったのはこの時が最初だったと思う。


「いいっていいって。冒険者は持ちつ持たれつだからな」

「いえ、そんなことはありません。冒険者と言えば聞こえはいいですが、実態は力を持ったクズばかりです」

「え?」


 今クズって言ったか? 愛くるしい外見で流れるようにしゃべっていたので危うくスルーしてしまうところだったが、可憐な美少女には似つかわしくない言葉に一瞬俺は戸惑ってしまった。

 とはいえ確かにゴードンはクズだし目の前であのようなことを言われてはそういう言葉が出てしまうのも無理はないのかもしれない。俺は気を取り直す。


「はい、その中でオーレンさんはまるで聖人のような素晴らしい方です」

「そうか?」


 正直比較対象があの三人しかいないのでそういうものなのか、としか思わない。

 が、シオンは熱心に頷く。


「はい、その通りです! あのクズどもに一ミリでもオーレンさんの人格を分け与えることが出来ればいいのですが……」

「お、おう」


 無垢な少女のような顔でクズクズ連呼する彼女に俺は既に若干の危うさを見出していた。これはあまり良くない兆候だ。昔会った邪教徒に洗脳された娘とか復讐に狂った戦士とかも似たような雰囲気だった。普段は普通の人物なのに宗教や復讐が絡んだときだけ人が変わったようになるのだ。


「そ、そう言えばあの時、何で一人だったんだ?」


 いたたまれなくなった俺は話題を変える。

 すると彼女は再び例の氷のような冷たい表情に戻る。


「はい、私もパーティーを組んで冒険していたのですが、連戦で疲弊していた他のメンバーはガーゴイルに出会うと真っ先に逃げ出してしまったのです」


 そう言えばあの時シオンは怪我していたし、聖女なのに自分を回復しなかったのは魔力が尽きていたからだろう。そして負傷している上に一番身体能力が低い彼女が取り残されたということか。

 そんなことがあったのであれば彼女が冒険者というのはクズばかり、と思ってしまうのも仕方ないのかもしれない。


「……でももうそんなことはどうでもいいんです。その後この世を呪っている私の夢枕にヘラ様が立ちました。そして私は力を得たのです」


 ヘラというのは復讐を司る女神である。ぎりぎり信仰は違法ではないが、人によっては邪神扱いするやばい神だ。ちょうど今のシオンのような境遇の人がよく嵌まり、復讐のための狂戦士になってしまう。やはり俺の予感は当たっていたか、と戦慄する。


 が、そこで彼女は元の笑顔に戻る。

 こうなってしまってはこの表情の切替すらも怖い。


「だからもう大丈夫です。今の私ならあんな奴らいなくても問題ないので。そうそう、オーレンさんにもいいものを持ってきました。私のパーティーに負けず劣らずそちらもクズばかりでしたね」


 そう言ってシオンはバスケットに被さっていた布をとる。

 その瞬間、俺は思わず身構えてしまう。


 が、バスケットの中から出てきたのは赤い髪が挟まったヘアピンだった。元パーティーメンバーの首でも出てきたらどうしようと思っていた俺は一安心するが、そのヘアピンは見覚えのあるものだった。そしてエルダの髪は赤色だった。


「これは……」


 それはよくエルダが使っていたヘアピンだった。


「お前、まさか……」


 俺の背に再び悪寒が走る。するとシオンは申し訳なさそうに頭を下げる。

 おい、まさか本当に……


「オーレンさんのために三人のうちの一人ぐらいぶっ殺してやろうと思いましたが、あと一歩で取り逃がしてしまいました。せっかくお礼に首の一つでもお持ちしようと思ったのに、ダメな私で申し訳ないです」


 良かった……

 俺は内心ほっと一息つく。とりあえず彼女はまだ殺人には手を染めていないようだった。

 いや、冷静に考えると全然良くない。取り逃がしたということは戦闘まではいったのだろう。その時点で全く良くないはずなのに良かったと思ってしまったことが怖い。


 が、シオンはまるで大失態でも冒してしまったかのように申し訳なさそうに俺に頭を下げて縮こまっている。


「いや、確かにあいつらは憎いけど殺さなくていいから。というか殺すな」

「え!? オーレンさんはあのような者たちの生存を許すのですか!? 何と心が広い……」


 シオンは信じられない、という目でこちらを見る。いや、信じられないのは俺の方だが。


「頼むからやめてくれ。そして俺は人間の首をお礼に持って来られて喜ぶような異常者ではない」

「そうですか、分かりました。それでは殺すの”は”やめておきますね」


 俺の言うことを聞いてくれたはずなのにシオンの言葉からは若干違うニュアンスがうかがえたのは気のせいだろうか。


 こいつはやばい。今は俺が許したせいなのか再び無邪気な笑顔に戻っているが、無邪気に他人を殺そうとしているのが一番の問題だった。こいつを野放しにしていたら絶対に事件が起こる。

 別にゴードンが俺の知らないところでどうなろうと知ったことではないが、俺と関わった少女が血塗られた殺人鬼になっていくのは嫌すぎる。俺のせいでこうなった……訳ではないが、こうして関わってしまった以上どうにか更生させなければ。


「と、ところでそんなことがあったってことは今は一人だよな? それならこれから一緒にパーティーを組まないか?」

「本当ですか!? 私もお願いしようかと思っていたのですが、あの女も討ち漏らすような私ごときでは釣り合わないかと悩んでいたので嬉しいです!」


 シオンは喜びを露わにする。

 本当に何もしゃべらなければ可愛いんだがな。


「むしろ殺さないでいてくれた方が俺と釣り合うから。頼むから早まらないでくれよな?」

「私が落ち込んでいるのを察してそのような言葉をかけてくれるなんて……感激です」

「気を遣って言ったとかじゃなくて本心だから」


 すると彼女は可愛らしく首をかしげる。


「そうですか? でも二人だけでパーティーを組もうなんてこれは告白と言っても過言ではないですね」

「過言だから」


 というか二人きりとは一言も言っていない。先ほどから俺の話を都合のいいところしか聞いていない彼女に俺は不安しかない。今後の冒険に俺は不安しかなかった。

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