出会いと追放(後)

「大丈夫か?」


 シオンに声をかけると彼女はほっとしたようにこちらを見るが、すぐに傷口を抑えて顔をしかめる。


「あ、ありがとうございます」


 そうは言うもののその声は弱々しいし、傷口を抑えた手は赤く染まっている。残念ながら俺は回復魔法は使えないのでとりあえず服を破って傷口を縛るが、これでは応急処置にしかならない。

 先ほどのやりとりを思い出して気が重くなるが、回復魔法を使えるエルダに頼むしかないか。俺は腰を降ろすと、彼女に背を向ける。


「乗れ。味方のところに連れていく」

「は、はい……」


 彼女は弱々しい声で頷くと俺の背中に乗る。小柄な彼女の体はこれまで俺が接してきた冒険者たちのものと違って柔らかかった。俺は彼女の尻の辺りを手で支えると先ほどの部屋へと戻っていく。


 すると俺がガーゴイルと戦っている間に宝物庫は崩れ去ったのか、苛々した様子のゴードンと二人がこちらへ歩いてくるのが見える。


「全く、一体どこへ行ってやがった……ってそいつは誰だ?」


 開口一番、ゴードンが憤懣やるかたないと言った口調で尋ねる。ゴードンの言い方に腹は立ったものの、今はそれどころではない。


「ガーゴイルに襲われていたんだ! 頼む、早く回復魔法をかけてくれ!」


 俺はエルダの方を見ながら叫ぶ。が、エルダが口を開く前にゴードンが割って入った。


「そんなことはどうでもいい! お前まさか俺たちのパーティーの探索よりも見ず知らずの女を助けることを優先したのか!?」

「は?」


 俺は驚きのあまり反論の言葉も出てこなかった。

 まさか負傷した彼女の前でそのようなことを言ってくるとは思わなかったし、知り合いではなかったとしても、金目のものをあさるよりも命の方が大事ではないのか。そして百歩譲ってそれを言うとしても、回復魔法をかけた後にすべきではないのか。

 が、俺が絶句しているとこいつはさらに言葉を続ける。


「お前のせいで見張りをもう一人置かなければいけなくなって探索が終わらないまま部屋が崩れちまったんだよ! どう責任とってくれるんだ!」

「分かった、俺が悪かった。説教なら後で聞くからとりあえず回復魔法をかけてやってくれ」


 ゴードンは大層怒っているし、ここはとりあえず謝って話を進めよう。そう思って俺は一応謝ったのだが、ゴードンは納得しないばかりか、さらに俺の予想の下をいく答えを返す。


「……金を払え」

「は?」


 正直最初は何を言われているのか理解出来なかった。


「お前はもう俺のパーティーにはいらない。追放する! そしてパーティーメンバー以外からの魔法の使用依頼には金をとる。これが俺の方針だ」


 ゴードンは冷酷な表情で言った。俺の方針、などと格好つけたことを言っているが要は金が欲しいだけだろう。

 確かに誰にでも頼まれるがままに魔法を使っていると冒険にすぐに魔力がなくなってしまうので魔法の使用依頼は有料で受けることにしていたが、今ここで金の話をするというのか。どうしても金をとるとしても、その話は命を助けた後にすべきではないのか。

 そして何で真っ当なことを言っているはずの俺が追放されなければならないのか。

 俺は怒りで頭の中が真っ白になった。


「こいつ……人の気持ちを持ってない」


 背中のシオンも静かにではあるが怒りに声を震わせている。

 というかこいつのこんな姿を見て他の二人は何も思わないのだろうか。俺は最後の希望をこめてエルダとジルクの方を見る。


「お前らはゴードンの言葉に何も思わないのか!?」

「全く、もう少し探索すればもっとレアなアクセがあったかもしれなかったのに」

「リーダーの言うこと無視して自分だけ可愛い女の子といちゃつくとか許せねえ」


 が、こいつらもゴードンと似たり寄ったりのようだった。

 それを見て俺は覚悟を決める。今までもクズだとは思っていたがまさかここまでのクズだとは思わなかった。それならもはやこんなパーティーに未練はない。追放するというのであればされてやる。


「もういい、そこまで言うならこっちからこんなパーティー出ていってやる! 金も払ってやるよ!」


 そう言って俺は金貨を叩きつける。それを見てゴードンは満足げに笑う。


「最後に金を置いて出ていくとは殊勝な心掛けだ。エルダ、やれ」

「うん……ヒール」


 そう言ってエルダがシオンに回復魔法をかける。シオンの傷はみるみるうちに塞がった。

 ゴードンの最後の言葉はそれだったか。結局、こいつにとって俺はただの金を稼ぐ道具でしかなかったようだ。


 シオンの傷さえ治ればこんな奴らに用はない。俺は彼女を背負ってダンジョンの元来た道を戻っていく。気が付くと、背中のシオンは安らかな寝息を立てていた。


 その後街に戻った俺は彼女を教会に預けて宿に帰った。これまで一緒に冒険していた仲間(もはや仲間ではないが)が思っていた以上にクズだったという事実への衝撃で俺はしばらくの間何もする気が起きなかった。


 とはいえ、その時の俺はたまたまダンジョンで傷ついていた少女を助けてそれで終わりだと思っていた。

 だから数日後に彼女がお礼にやってきたときも、まさかあのような変貌をとげているとは思ってもみなかったのである。

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