169.受け継がれていくもの

 龍が揺れる。あり得ざる衝撃に、根負けするように。

 のたうち、その揺れが、世界すべてを震わせる。龍の顔に変化はない。だが、この一撃が効いていないとは言わせない。何より――


 ――僕の周囲に展開していた、データがすべて消失している。


 つまり。



「今だ!! 全員でありったけ打ち込めぇ!!」



 ここからが、本題だ。


 ――防御力が高い世界デウスの防御をすり減らし、更には大きな隙を作る。それがこの攻防の目的だった。いくら僕がやつと対等に戦えると言っても、その耐久をすべて削りきるには膨大な時間がかかる。

 その間に、この体にバグが起きないとは限らない。


 故に、僕が作るのはきっかけだった。今の一撃は十二分に大打撃と成っていたが、それでも、本命はこちらだったのだ。



“待ってたぜ、クソ野郎がぁあああ!!”



 先陣を切ったのは強欲龍だった。既に準備を終えていたのか、手には二本の大斧。それだけではない、奴はコンボを叩き終える準備すら終えている。


 待ち切れなさすぎだろう。叫ぶ暇もなく。


天地破砕・強欲裂波ワールド・エンド!”


 一閃。龍に奴は風穴を開ける。

 ――強欲。すべてを奪う龍の前に、があらわとなった今の状況は、果たしてどう映るだろう。



“――こいつを見ていると、儂は自分が情けなくなる”


“ハッ、サイズ差にチビッちまうからか!?”



 次に飛び込んだのは、暴食と憤怒。

 憤怒は既にチャージを終えて、暴食は総勢20体。僕たちとの戦闘では拝むことの出来なかった――どころか、ゲームですら見る機会のなかった最大数が、ここにいる。


“こいつを打倒することに、儂が怒りではなく、興奮を覚えているからだ! 憤怒ラースッ!!”


“だよなぁ! 俺たちにクソ見てぇな筋書きを押し付けたことを後悔させてやろうじゃないか! EATERs/SEVENs!!”


 人類の敵として、世界の敵として最後まで戦った彼らにとって、これはかつてと何ら変わらない行動なのだろう。――無数の火球と、最強の熱線が、同時に世界へ突き刺さった。



“――面倒だ”



 そして、怠惰が空を征く。背には、概念使い達がいた。


「アタシたちがこんなに近づいちゃって大丈夫なんすか!?」


「なぁに、死んだら敗因を恨んでやろうじゃないか!」


 姉の言葉に、いやあああああ! と叫ぶイルミ。楽しげに、シェルとミルカが笑っていた。


「一つでも、やれることをするぞ。でなきゃ、ここに来た意味がないからな!」


“来なくても、私は構わなかったのだがな”


「まぁ、まぁ」


 ――アンサーガが、父をなだめるように言う。そういえば、この二人が言葉を交わすところは、はじめて見たな。それも、友好的に、なんてのは、ゲームでだって見られなかった光景だ。


「僕は父さんとともに戦えるだけで十分で、十分で、十分何だけどねぇ」


“――私は、お前が壮健であるだけで十分だ”


 はは、と笑みをうかべ、アンサーガは剣を振り上げる。

 概念使いたちが概念武器を手に怠惰龍から飛び降りて――アンサーガが、その殿を務めた。


 直後。


“ハメツ”


 ――怠惰であるが、怠惰であってもなお子を思う、スローシウスの熱線が、突き刺さった。



“――ああもう! 勢い良すぎよぉ!”



 そして、後方では色欲龍が文句を言っていた。先走って我先にと攻撃を叩き込む彼らにもそうだろうが――この場合はリリスのことか。


「ごめんなさいなの! でも、リリスは百夜と一緒に旅をするって決めましたの! たまには顔をみせますの!!」


“でもでもでも! 寂しいものは寂しいのよぉ! リリスちゃん、本当にいい子なんだからー!”


“安心して、色欲龍”


 話しかけるのは、半透明の百夜。ゲームでは、色欲と百夜は白光と共にフィナーレのメインキャラを務める存在だ。ある意味、懐かしい光景だと言える。

 この世界では、ほとんど繋がりはないのだけど。


“リリスは私が幸せにする”


“こ、この泥棒猫ー!”


 ――僕と同じ立ち位置に落ち着く辺り、案外この世界の僕たちはそういう星のめぐりなのかもしれない。


「とにかく! とっておき行きますの!!」


 さて、先程からリリスが主導権を握っているが、なんとなく、僕はその理由がわかる。とっておき――リリスはカウンターを使うつもりだ。何を返す? 答えは決まっている。

 色欲龍もうなずき、熱線を構え。


“典嬢天花!”


「“H×Rホーリィ・アンド・レイン”!」


 ――そしてリリスは、を叩きつけた。可能性を消失させる、決定的な一撃だった。



「――本当にすごいな」


「……ここまで、とは思わなかったわね」



 フィーと、そして師匠が感慨深げにその光景を眺めながら言う。彼女たちにとって、それは隣からずっと眺めてきた、僕の旅路の集大成なのだろう。

 どこか、その姿は誇らしげだ。


「――誰もが自分の思いに素直に戦っている」


「そりゃそうでしょう、これが最後の戦いなんだから。悔いはないようにしなきゃ」


 そして、目を合わせて、互いに苦笑して。


「なら、私達も――」


「――思いの丈、全部ぶつけるべきよね!」


 同意とともに、二人は自身の最強を開放する。それは、最強の技でもあり、彼女たちにとって、自分を最強たらしめる、でもあった。


「私は――!」


「あいつのことが――!!」


 思わず、恥ずかしくなってしまいそうな、



「世界で一番、大好きなんだ!!」


「この世界の何よりも、愛してるのよ!!」



「――“V・Vヴァイオレント・ヴォルテックス”!」


「“嫉妬ト色欲フォーリング・エクスリア・カノン”!」


 紫電と嫉妬の雷撃と焔が、世界中に届くほどの告白を響かせた。



“――もはやお前にかける言葉はない”



 そして、傲慢龍プライドレムが、その準備を終えた。


“変化の象徴でありながら、可能性の化身でありながら、可能性を愚かにも縛り続けた愚物よ、その役目を終えよ”


 やつの言葉には、怒りがあった。

 ――珍しく、怒りを覚えていたのだろう。失望でも、傲慢でもない純粋な怒りを。


 それが、


傲慢、されど許すものなしプライド・オブ・エンドレス


 ――今、全力でもって叩きつけられる。



 ――龍は、苦しんでいた。



 世界は、のたうち回っていた。

 痛み、苦しみ、もがくように。しかし、。これでも、まだ奴は諦めないというのか。いや、それどころか――


「――ッ! みんな、下がれ!!」


 ――反撃の糸口を、見いだしたかのように動き出す。


 僕は、即座に飛び出していた。もとより距離をある程度とっていた仲間たちの先を駆け抜けて、そして――激突した。



 龍が、信じられないほどの速度で突っ込んできたのだ。



「ぐ、あ、がああああああああっ!」


 二刀の剣を交差させ、それを受け止める。龍が、世界がうごめいている。悪あがきか? 否、逆転だ。こいつは反撃に打って出たのだ。

 それは、どういうことか。


 のだ。


 何を? に、時間を歪めて。故に、身動きままならないはずの龍の巨体は強引に動いていた。

 一度、動き出せば止まることすら叶わないだろう。


 それを、僕は正面から受け止めていた。

 もちろん、受け止めきれるはずはないのだが。


 そもそも、ヤツの行動はこれだけでは終わらないのだ。


 ――直後。


“101011101010101101010101101011101111010101010010001”


 咆哮。

 ――それは、先程と同じだ。


 この空間の可能性に襲いかかる、可能性の消失だった。



 瞬間、僕以外のすべてが、等しく薙ぎ払われる。



 ――――一瞬、意識に空白が生まれる。未だ、世界に僕は襲われているというのに。故に必然、僕は吹き飛ばされる。存在すら消し飛ばしてしまいそうな勢いで、


 しかし、


 


 ――ギリギリで、踏みとどまった。


 それは、何故か。



「――ひやひやさせてくれるな」



 師匠が、僕の背を支えていた。紫電の翼で空に浮かび、僕を後押しするように。


「ししょ、う――」


「呆けるな! 反撃に移るぞ! これが最後のチャンスだと思え!」


 そう叫ぶ師匠の紫電は、薄くとけかかっているように見えた。それは、そう。のだろう。

 これが最後だという、師匠の言葉は等しく正しい。


「――どうして」


「ふふ、簡単なことさ。――父が守ってくれたんだ」


 ああ、そうか。ラインに教えられた師匠の父の概念起源。僕が知ることのない、僕たちでは知りようのなかった可能性が、こんなところにつながったのだ。


「効果は――反転。“R・Rリバーサル・リバーシブル”は、対象のすべてを反転させる力がある」


 それは、世界という概念に対しては効果は薄いだろう。だが、使だ。だから、一つの概念に対してなら、効果は問題なく適応される。


「そして――他の皆も無事だ。理由は、君ならわかるだろう?」


「……世界が計算を、間違えていた」


 見れば、後方では先程と同じように倒れながらも、消失していない仲間たちの姿が見える。――敗北者の叛逆で呼び出した大罪龍たちは、もはや限界なのか、その体は半分以上透けていたが。


「師匠は――」


「私は、あれが来ると解った時に、君に飛びついたんだ。それと同時に概念起源を発動させた……君という可能性は、私を守ってくれると思ったからな」


 そして、停止した世界を見る。

 ――その停止は、困惑であるように見えた。状況に処理が追いつかないのだと、そう思えた。


「可能性とは、常に変化するものだ。いくら計算しようと、計算した瞬間にその計算を越えてしまえば、消失は成立しない」


「……ですが、それが向こうにも解ってしまえば、奴は消失をし始めます」


 なにせ、一撃必殺とはいかなくとも、この一撃は僕たちを壊滅させるには十分だ。だから、つまり、僕はここで決めるしかない。

 やつが困惑している今しか、勝機はないのだ。


「――行くぞ」


「……はい!」



 そして、僕たちは剣を掲げた。



 そこに師匠の紫電が絡まっていく。


「――翼の分もそこに乗せる。頼むから、私を落とさないでくれよ」


「解っています。絶対に離しません」


 そうやって冗談を飛ばすように言い合って。

 世界を見た。


 ――虚無に満ちた、顔をしていた。


 こいつには、何を言っても意味はない。だから、僕が呼びかけるべきは――


「――――マキナ! 見ているか!」


 それに囚われた、僕たちが救うべき少女だ。


「可能性というやつはすごいだろう! たとえどれだけ世界が否定しても、次から次へと可能性は生まれてくる! 君がどれだけ否定しようと!」


 僕は、僕の思うがままに、叫ぶのだ。



「これから君には、君が救われる可能性が、無限に待っているんだぞ!」



 そして、師匠を抱えて飛び出す。

 今、僕にコンボはない。必要ない、ここまでくれば――後は、これを叩き込むだけで十分だ。


 進め! 勝ち取れ! 言ってやれ!


「マキナ――もう一度、手を伸ばせ――――!!」


 僕は君を、

 君を、救いたいんだ!



 そんな、叫びは。



 魂のすべてを賭けた一撃は、



 



「――な」


「……え?」


 師匠と僕が、同時に呆けたように言葉を発して。



 



「し、師匠!?」


 叫ぶ、だが、理由はあまりにも明白だった。


「お、おい、君――身体が!」


 落ちながら、紫電の翼を展開させ、師匠がとどまる。そんな師匠の言葉に、僕は自分を見回した。そして――即座に理解した。

 理解、させられた。



 



 それは、


 世界と同じ、


 変わらない。


 だ。


 僕の存在がバグと化し、僕は、この世界に存在しないものとして、消え去ろうとしているのだ。


 見上げる。――龍は今だ健在だった。


 ああ、どうしてか。


 僕には、その無慈悲なまでの虚無な顔が。


 何一つ感情を映さない、合理で出来ただけの顔が。



 見えて、思えてならなかった。



 不思議と、恐怖も怒りも、感じなかった。師匠の声が、遠くから聞こえる。アレは、なんと言っているのだろう。ノイズに塗れた僕の耳には、それが何であるかは終ぞわからなかった。


 それが終わりなのかと。


 ――これでお終いなのかと。


 僕が感じていたのは――


 きっと。



 ――――その時、だった。





 聞こえないはずの、声が聞こえた。

 僕自身の状態のせいでもあり、そしてなにより、声なんて発せられないはずの少女の声が。



“それだけは、だめだ。君は――バグなんかじゃない”



「――――?」



 助けなくてはならない少女の声が、



“君は助からなきゃダメなんだ、敗因”



 聞こえていた。

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