27.死地を駆け抜けたい。

 ――僕は、色欲龍と血が繋がっていない。

 これはありえないことだ。ドメインシリーズは初代から最終作までの間に千年ほどの時間が経過する。その中で、概念使いは全てどれだけ薄かろうと、色欲龍との血の繋がりがあるために、生まれてくる。

 長い歴史の中で、例外はただ一人。最終作の主人公のみである。


 であれば、ここで一つの仮説が立つ。

 


 概念使いは、要するに大罪龍と人間の子供だ。ただ、大罪龍に子を作る機能を持つのが色欲龍しかいないために、必ず色欲龍の子孫になるわけである。

 では、5主と僕が他の大罪龍の子供かといえば、そういうわけではない。ただ、概念使いの力の出どころが大罪龍と同様であるならば、ということになるだけだ。


 さて、そんな5主には概念使いである以外にも、特殊な力が存在する。それは、この世界の各地にある“遺跡”への入出許可証である。


 この遺跡は、大罪龍が出現するよりもずっと前、人類が出現するより更に前に作られたとされる遺跡であり、通常人類はここに入出することができない。

 それに対して、この遺跡へのフリーパスを有するのが5主であり、そして僕だ。

 で、僕は実際にこの入出許可証が有効なのかどうかを、確かめに来たわけである。遺跡自体は各地に存在するが、もっとも手軽に入ることができるのが、この嫉妬龍の巣地下にある遺跡だったわけだ。


 ――この遺跡に入ることができた以上、僕の存在は5主と同一であるということが証明されたことになる。ではこれがどういうことなのか――というのは、まぁまた次の機会ということで。


 強いて言うならば、できれば外れていてほしかった推論が、当たってしまったという程度。


 その上で、ここから僕は次の目的のために行動しなくてはならないわけだけど――


 まずはその前に、紛れ込んでしまったお姫様を、無事に地上へ送り出すことが、僕の最初の使命となった。



 ◆



「――ん」


 嫉妬龍の漏らす吐息とともに、彼女の身体から、力と呼ぶべき、可視できないなにかの奔流が、溢れ出して周囲に広がった。

 それと同時に、少女然としていた彼女の容姿に変化が見られる。


 身体の一部を鱗が、皮が、覆っていく。

 手には鋭い爪、背には翼が広がって、その姿は龍と人の間の子とでも言うべきものへと変化した。


 嫉妬龍の龍形態。初代ではそもそも見ることすら叶わなかった代物で、二作目で初めて正式に登場したデザインである。嫉妬龍は基本的にこの形態でいることを嫌うのだ。


「……あんまりジロジロ見ないでよ」


「っと、ごめんごめん。物珍しいものだったから、つい」


 如何に彼女が嫉妬龍、なんというべきか、お互いに不躾な立場だからとはいえ、そこをわきまえてはいけないだろう。彼女だって女子なのだから。

 女子って年齢かは知らない。


「この数相手に、戦闘は無謀よね」


「うん、最低限必要な相手をふっとばして、駆け抜けてかないといけませんね」


 その上で、出口がわからないので、あちこちを彷徨わないといけない。構造はおそらく2の頃と変わらないだろうが、流石に2のラストダンジョンのマップを全部覚えてるのはムリだ。

 僕が一番やったのは、まぁルーザーズの戦闘だからね。


「……概念使いって、技を使うと消耗して、どっかで補給いれないといけないんじゃなかった?」


「ん? ああ、それはうまくやるから、大丈夫」


「はぁ……まぁいいけど」


 それから二人で軽く話し合って、方針を決めてから、


「じゃあ、行くよ」


「解ってるわよ!」


 僕たちは、崖下の地獄へ向かって飛び出した。


 ――ここはラストダンジョン、蔓延る魔物は、その多くが暴食兵と同等か少し下くらいの位置にある魔物だ。傲慢龍のおもちゃ、と嫉妬龍が発言していた魔物、サンドバイク。砂でできたバイクのような形状の獣型魔物で、傲慢龍が特に好む魔物だ。

 正確には、ムービーで雑魚として大量に出てきた後、これを踏み潰して傲慢龍が降り立つシーンがやたら印象に残る魔物である。


 嫉妬龍の発言からすると、わざとやっている可能性があるわけだけど、なにかフラストレーションでも溜まっているのだろうか。

 ともかく、そういった大型の魔物が、わらわら襲ってくるわけで、


「隙間なく囲まれてるんですけど!?」


「こっちが薄いですよ!」


 いいながら、僕はCCでサンドバイクを一体のけぞらせると、一瞬だけできた隙間にDDで滑り込む。嫉妬龍はそれに顔をひきつらせながらも、ほぼ同速で同じようにそこを駆け抜けた。


「あ、あっちが開いてるわ!」


「そっちはさっき魔物が数体見えました、抜けた先で囲まれて身動き取れなくなります!」


 いいながら、敢えて今は分厚い魔物の層を、すり抜けるように駆け抜ける。間に通常攻撃で敵を削って、STを回復することも忘れない。


「ああああ! 流れ弾気をつけなさい! 後悔ノ重複ダブルクロス・バックドア!」


 後ろで、嫉妬龍が両腕の爪を巨大化させ、敵を薙ぎ払う。薙ぎ払った敵のスピードが明らかに低下し、嫉妬龍はそこを更に加速して抜けた。

 彼女の基本技、後悔ノ重複。効果は速度低下のデバフだ。


「……同じ能力低下使いですね」


「そうなの!? いや知らないけど、じゃあ何だって言うのよ!」


「少し楽になるかもしれませんよ」


 いいながら、僕は攻撃をSSで回避しつつ反撃をぶつけて、魔物の速度を下げる。


「その魔物にさっきのやつぶつけると、更に遅くなります」


「ああそう!? 教えてくれてありがと!」


 僕が駆け抜けた後を、なんとか食らいつくようについてくる嫉妬龍。彼女は概念技を使わないので、STによる消費がない。加えてボスキャラということもあって、一撃一撃の範囲が広いため、なんとか追いついてこれているような感じだ。

 そうなってしまうのは、全体的に経験不足かな、戦闘なんて生まれてこの方、ろくにしたことないだろうし。


 とはいえ、スペック自体は低めとはいえボスのそれだ、今の所、僕たちの進行に停滞はない。


「それで、この先で本当にいいんでしょうね!」


「それは解りません、ただがむしゃらにまっすぐ進んでいるだけなので。でも、必ず行き止まりはあるはずです、その先に通路がなかったら右か左に。それでダメだったらまたあそこに戻りましょう」


「ダメだった場合の話はしないでよ! それで、右、左、どっち?」


「どちらでも」


「ああああああああああ! ……左!」


 ――もともと、僕はこの先に道がないことは心配していない。この遺跡はダンジョンだ。ゲーム的な作りをしているだろうから、直線で進めば何かしら道はあるはずだ。そして、それは正解な可能性が高い。


 脇の宝箱とかは見逃してしまっても、そこは流石にご容赦である。


「……もう、大技でふっとばしたい」


「一度立ち止まらないと撃てない奴では?」


 その間に囲まれて、それをまとめて薙ぎ払えるならばいいけれど。と言うと、嫉妬龍は解ってるわよ! と叫んできた。

 ならよかった。


 ――すでに、部屋の半分は走り抜けただろうか。


 幸いなのは、魔物の顔ぶれが変わらないことだ。そりゃ同じエリア内なのだから当然だが、これで新種とか、より上の魔物が襲ってきたらたまらない。

 後者に関しても、現状がすでに最上位なのだから問題ない。いやそれはそれで問題だけど。


 迫ってくる魔物は連携が取れていない、襲ってくる順番にはある程度の間がある。密度の問題で、ほぼ同時に襲われているような感じだが、それでもこの間隙が、僕たちの命綱だ。

 それを正確に見極めて駆け抜ける、今隙間があるように見えても、その次につながらないこともある。


 これは、なんというか弾幕STGだな。俯瞰視点じゃないのがクソゲーすぎる。


「ああもう、いつになったら終わるのよ!」


「……あ!」


「何!?」


 ――遠く、魔物の肉壁の向こうに、それが見えた。


「……壁です、出口もある!」


「でかした! っしゃ行くわよ!!」


「いや無茶しないでくださいね!?」


 そもそも、目の前の肉壁の層が厚すぎる。暴食兵を始めとして、最上位の魔物大集合だ。いやでも、それで退く理由にはならないからな。


「“C・C”」


 まずは、爆発、先置きでこの後の布石をウチつつ、煙で一部の敵の視界を塞ぐ。そのまま自分は目の前の敵を切りつけつつ、進む。

 爆発の結果一瞬だけ足並みが乱れたところにDDで滑り込み、更にSSで敵の攻撃を透かしつつ速度低下、そこを一気に駆け抜ける。


 その後も、隙間を作り、かいくぐり。

 なんとか、なんとか、敵の下を潜り込んでいく。――流石に嫉妬龍を気にしている余裕はない!


 とはいえ、僕自身は問題なく敵を抜け、最後に――


「“D・D”!」


 ――移動技で、壁に見えた通路へと滑り込んだ。即座に振り返る。


「嫉妬龍!」


 呼びかける先に、姿が見えない。そして魔物達はこちらに視線を向けない、つまり嫉妬龍が手こずっていることの証明だ。といっても、僕にできることと言えば……


 ――そういえば、この魔物達、全員空が飛べないな。


 補給ができないからやらなかったけど――


 少し考えて、僕は空へと駆け上がっていった。


「――嫉妬龍!」


 上から声をかける。

 見れば、彼女は魔物に囲まれて、それを必死に自身の技で吹き飛ばし、なんとか前に進もうとしていた。後少しだ、ここを抜ければ勝機はある。彼女の体力と消費のない技を考えると、ここは多少ムリにでも前にでるのは正解だ。

 ――いけるか? わからない、正確に彼女のスペックを把握しているわけではないから。


 ともあれ、僕もここから介入するのは危険だ、消費も激しい。

 だったら――


「“B・B”!」


 援護射撃だ。

 ばらまくように弾丸をうち放つ、壁と、柱と、それから魔物の頭を足場に、何度も飛び上がり、遠距離攻撃を叩き込みまくる。途中、上位技にまで攻撃が到達。

 ――ここを抜ければ、もうこういう危険はないだろう。だから、ここは一気に叩き潰す。


「あんた――!」


 見れば、驚いたように嫉妬龍が僕を見上げていた。


「こっちを気にするよりも、早く前に進むんだ!」


「……解ってるわよ!!」


 少しだけ悔しそうにしながら、それでも強引に自身の力で道をこじ開ける。一部の魔物を壁に吹き飛ばし、一部の魔物を大きくのけぞらせ、最後に嫉妬龍は飛び上がった。

 空を滑るように進む。空いた穴に、身を飛び込ませるように!


 ――そんな彼女の目前に、暴食兵。またかお前、いいかげんにしろよ!?

 少し考えて、僕は今の距離から使える手札を選ぶ。攻撃で仰け反らせる……だけではだめだ、あいつの翼が嫉妬龍に追いつく!


 なら――


「――“C・C”!」


 とった手段は、目くらまし。暴食兵の視界を覆う。しかしこれは、嫉妬龍の視界すらも妨げるものだ。だから、


「行け、嫉妬龍――!」


「ああもう! 本当に大丈夫なんでしょうね!?」


 叫ぶ僕に、嫉妬龍はそれを信じたか、そのまま煙の中を突っ切って、その身体が、通路の中へと滑り込んだ。


「よし……!」


 少しガッツポーズ、いや。

 壁にぶつけられた魔物が態勢を立て直して、嫉妬龍に向かっている、彼女は肩で息して、それに気付いていない――!


「……っく」


 間に合え、と宙を蹴って――飛ばした小石を蹴る曲芸だ――即座に突っ込む。

 この位置、この距離なら――――!



「――“L・Lルーザーズ・リアトリス”!」



 迫る暴食兵に、ここまでタメてきたコンボを、一気に最大まで叩き込む。解ってるんだよ、さっきの一撃とコレまでのデバフで、お前の体力はこいつで削りきれるってな――!


「なっ――」


 ――僕は、暴食兵を切り裂いて、嫉妬龍の横を駆け抜けた。倒れゆく姿の向こうに、未だ僕たちを諦めていない魔物の姿が見える。


「――通路を塞げェ!」


「……!!」


 即座に嫉妬龍が僕の言葉に反応した。

 コレ以上の侵入は防がないと行けない。多少遺跡を吹き飛ばしても、問題はあるまい。


 嫉妬龍が構え、口を大きく開き、そして――



「――――嫉妬ノ根源フォーリンダウン・カノンッ!!」



 自身の最大技、“熱線”を、敵へ、そして、上へと振り上げ、天井へとぶつける。

 迫る無数の魔物たちが、一瞬にして薙ぎ払われ、そして叩きつけられた天井は、音を立てて崩壊した。


 さすがの一撃。モーションが長い分、あの通路を駆け抜けるには向かないが、迎え撃つには十分な威力だ。


 崩落が終わると、沈黙が数瞬、空間を支配した。

 ――僕と嫉妬龍が、恐る恐るといった感じで顔を見合わせる。そのまま、また沈黙。お互いに、無事を確認するには、そこまでの緊張が大きすぎた。


「……生きてる」


「そう、ですね……」


 お互いに、そうつぶやいて。


「いき、てる……」


「いきてます……」



 ――二人して、壁に寄りかかってへたり込んだ。



「は、ははは……」


「ふふ……」


 思わず笑みがこぼれてしまうのは、僕が悪いだろうか、いや、違うと思う。お互い、生きているってことが可笑しくて仕方がない。あの密度は死と等価だった。


「つ、かれたぁ……」


「しばらく、休みましょう。……その間に、魔物がこっちに来ないことを祈って」


「場所は変えましょうよ、今の崩落、すごい音だったわ」


 そうですね、と頷き二人で立ち上がる。

 いや、なんというか。濃密すぎる時間だった。もう、あんなことはしたくない。


「ここからはスニーキングミッションです」


「なにそれ……」


「できるだけ、魔物に見つからないよう、隠れつつ、慎重に進みましょう。下手に戦闘に突入して、囲まれたら狭いので詰みです」


「……まだ危険は続くってわけね」


 そうため息をつくが、それでもまぁ先程よりはマシだろう、とお互いにうなずく。今度はじっくり時間をかけて問題ないのだ。あんな、次から次へと死が襲いかかってきたりはしない。

 じっくり、腰を据える時間もあるだろう。


 だから、


「まずは一旦、お疲れさまです」


「――そうね、お疲れ様」


 思わず、ではあるが。



 僕たちは拳を突き合わせた。



 ……少しおかしくなって、苦笑いする。


「なによ」


「いえ、別に」


 あの広場を駆け抜ける前より、僕たちは少しだけ距離が近くなったのを、感じるのだった。

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