25.明日を迎えたい。
――レイン・リインカーネーション。
シスター・リリス。美貌の概念を持つリリスが有する、概念起源。その効果はすぐに現れた。
ぽつ、ぽつ、と。
雨が降り始めたのだ。それが、僕らの身体を包むと同時に、僕はすぐにその効果を感じた。
「これは――」
シェルもその変化を理解したようだ。僕は、即座に目の前の暴食兵へと剣を向けると、斬りかかる。
「“G・G”」
一閃。
それまでの傷もあったろうが、しかし。驚くほどあっさりと――僕が斬り伏せた暴食兵が、地に倒れた。これで残るは十四体。
そう、リリスの概念起源の特性は、超高倍率のバフ。僕に合わせて、シェルも攻撃技であるTTを叩き込むと――暴食兵が倒れる。
これで十三体。
「お願いします、ミルカ!」
そのまま、僕が叫び、
「わ、わかったわ!」
ミルカと、それからリリスが同時に概念技を起動する。
「“
「“
二人分の速度上昇が加わり、僕を加速させる。凄まじい勢いをなんとか制御しながら、僕は暴食兵の後方に回り込むと、
「“
――AAの上位技で、斬りかかる。
一撃、しかし倒れない。こいつはまだそんなに削ってなかったから、当然だ。反撃に、二体の暴食兵に囲まれる。
「危ない!」
ミルカが叫ぶ、だが構わない。リリスのRRの真価はここにある!
迫る刃を、構わず僕は受けながら、暴食兵に斬りかかる。しかしおかしい、いくら倍率の高い防御バフを得ていても、今のは致命的だったはずだ。
どういうことか。
コレが、リリスの概念起源の真の力。
そう、概念崩壊の否定。つまり、リリスの起源技を受けている間、僕たちは戦闘不能にならずに永続的に戦うことが可能なのだ。
いや、正確には違う。この概念起源を使って、リリスは母を救った。であるならば、その効果は概念使いでないものにも及ぶはずだ。
だから、正確には、
――この概念起源は、防衛戦の前提を全て覆す。そう、
死の否定。
この概念起源の効果を受けている限り。
つまり、雨を浴び続ける限り、この防衛戦で死傷者は発生しない。村人達は今、宿の外で周囲の警戒にあたっている。そうなるように僕と師匠で提案をした。だから、どうあっても全員がこの雨を浴びる。
これで、僕たちの敗北はなくなった。
とはいえ、ここで概念起源を切るということは、ある意味では敗北と同じだ。大罪龍を退治できるわけではないのだから。
だからこそ、可能なら切らずに終わるのが理想だったが、暴食兵二十は僕たちでもムリだった。せめて後ろを気にしなくてよくて、僕と師匠とリリスだけでやるなら、まぁ強欲龍戦より少し高い程度の勝率はあったのだが。
流石に守りながらでは、こうなるというものだ。
だからこそ、少し試しておきたいことがあったのだが、効果なし。まぁこれができただけでも意味はあるのでヨシとしておこう。
「悪いな暴食龍――!」
そして、ここからが反撃開始だ! 死の否定により、敗北というマイナスはなくなった、けれども、この戦闘を終わらせない限り、勝利というプラスにたどり着くことはない。今はただのゼロ、プラマイゼロだ!
反撃を気にすることなく放った一撃。
それらはまず、先程GGをぶつけた龍を撃破し、これで十二体。
返す刀で、僕は即座にDDを起動した。移動技により、距離を稼ぐ算段だが、こいつには当たり判定がある。それによる巻き込みで、更に一体。十一体!
「その一体は任せます!」
「あ、ああ!」
流石にこの一体はもう大丈夫だろう、三人に任せて僕は師匠の元へと突っ込む。あちらは――すでに七体になっている!?
「――おまたせしました!」
「待たせすぎだ、こっちはもう詰めの時間だぞ!」
お互いに敵を斬り伏せながら、向かい合わせに立つ。――とはいえ、一瞬のことだ、コンボはまだ続いている!
「こいつはすごいな! そして君の速度は更にヤバイ!」
「三重にしてますからね! ちょっと制御できてない部分もあるので、これでもまだ抑えてる方です!」
一瞬で敵の後方に回り込みながら、斬りつける。しかしこれは、勢いが余ってしまったがためだ。本来なら正面から斬り伏せた後次に向かっていなければならない。
「これが強欲龍戦にあればな」
「あったらもっと警戒されています。あのバランスがギリギリだったと思いますよ、それに勝てたんだから問題なしです」
「それも――そうだ!」
また、一撃。
一気にこちらの敵は二体減った。残るは六体。
「聞こえるか暴食龍! いや、聞こえなくてもいい! だけど聞け!」
師匠と僕が、同時に反対方向から上位技を叩き込む。残り五体。
「お前がどれだけ増えようと、お前達がどれだけ人間を苦しめようと、人の生きたいって意思は止まらない。折れないんだ! リリスの母がそうであるように。生きるってことは勝つことだ!」
快楽都市で、エクスタシアの下、人々は好き勝手に生きている。
それは無秩序なようでいて、「生きる」という意思と活力に満ちていた。あの街に、死にたいと思っている奴はいないだろう。師匠に怖がって逃げ出しても、命乞いをするやつはいなかった。
ゴーシュに至っては、強欲龍を倒し、エクスタシアにも刃を突きつけた僕たちを、利用して得をしようとしていた。あそこには、そういう人しかいない。
「生きることを、諦めたいやつなんていない! お前は食らって、食らうだけ増えていくかも知れないけど、人はそうじゃない。だから死にたくないんだ!」
――この村の人々は、最初生きることを諦めかけていた。
でも、シェルとミルカが説得して、それを少しでも押し留めようとしていた。僕と、そして何よりリリスの説得を受けて、生きることを諦めないでいてくれた。
そして今も、僕たちの勝利を祈って、待っていてくれる。
「その上で、逃げずに戦うことが、僕は好きだ! 負けると解っていても挑んで、それをひっくり返すのが大好きだ!」
リリスの母を見捨てた異邦人は、生きることを諦めていた。
逃げることでしか生きられなかった。そんな彼らがキライだから、リリスの母はリリスに生き方を教えたのだろう。そりゃあ、なにかから目をそらし続けることも、生きることではある。逃げることだって、生きる上では必要だ。
でも、僕はそれが大嫌いだ。
だから、勝ちたい。
「流石にそこまで極端なのは、どうかとおもうがな! ああけど、リリスの母の言葉には私も賛成だ! 勝ちたいから生きるんだろう! 当然じゃないか!」
師匠が叫ぶ。同時に暴食兵を切り飛ばし、これで四体。
あと二体ずつ。そしてここで、僕も師匠も、準備が整った。
「行くぞ! 見せつけてやれ! 私達は、いつだって自分の勝ちを、確かめたいんだ!」
「はい! 師匠! 見せつけてやりましょう!」
剣を、
槍を、構える。
――当然、僕に最上位技があるということは。
師匠にもそれは存在する。3のヒロインの頃からの最上位技、TTに並ぶ代名詞。ルーザーズでは使用されたことはなかったが、データ的には存在していた、その名は――
「――“
「――“
雷電の閃光が、暗黒の巨大刃が、翼のように広がって、
「いっっけええええええええええええええ!!!」
――残る四体の暴食兵を、一瞬にして消滅させた。
◆
みれば、遠くでシェル達も暴食兵を倒しきっていた。雨はまだ降り注いでいる。つまるところ、僕たちの勝利だ。
それから、急ぎ村へと戻る。雨が続く限りは、絶対に安泰の状況とはいえ、完全に村の上空を無視して、暴食兵に集中してしまっていた。心配ではある。
とはいえ、空からの侵入者はもう訪れなかったようだ。これも偵察だから、暴食兵がやられる時点で、これ以上挑んでも意味がないという判断だろうか。
何にせよ、その夜は交代で見張りをしたが、結局――
――魔物が、それ以降現れることはなかった。
「――おつかれ」
「あ、おつかれさまなのー」
夜明け前の、仄暗い、けれども周囲が分かる程度の明るさになってきた頃。僕はリリスと見張りを交代するために、見張り用のベランダへとやってきた。村の宿の最上階。一番大きな部屋のベランダで、ここがもっとも視界を確保できるのだ。
「これ、コーヒー」
「わ、ありがとー。お砂糖いれた?」
「お砂糖はこっち。大半を師匠に持ってかれちゃったから、手持ちが少ないけどね」
と、数粒の角砂糖を見せる。本当は入れ物いっぱいに入っていたのだが、師匠がガバガバもっていくので、底をつきかけていた。あの人はコーヒーを呑むんじゃなくて砂糖を食べてるんじゃないだろうか。
「コレくらいあれば大丈夫なのー。一緒に呑む?」
「そっちがいいなら、ご一緒しようかな」
二人して、ベランダの椅子に腰掛ける。
正直な所、もう見張りは必要ないだろう。それでも僕がこうして上ってきたのは、朝日を拝むためだ。この辺り、じゃんけんの結果僕とリリスが勝ち取った権利である。
「もうすぐおひさまぴっかぴかなのー。楽しみなの」
「そうだね、ああ、疲れた……」
「お疲れ様なの、もうあんな無茶しちゃだめだからね?」
善処するよ、と気のない返事をする僕に、むくーっとリリスは膨れて見せた。ははは、と笑ってごまかして、話題を変える。
「――勝ったんだね」
「勝ったのー」
二人してコーヒーを呑んで、一息ついた。
「ん、とね?」
ふと、しばらくじっとしていると、何やらリリスに変化があった。こちらをみて、何かをいいたげにしている。
「どうした?」
「ありがとう、なの」
何を――と言われても、正直色々ありすぎて、どれか一つにしぼりきれない。ああいやでも、僕がお礼を言われて一番うれしいことと言えば――
「お母さんのこと、すごいって言ってくれて、嬉しかったの」
やっぱり、そこだよな。
「だって、本当にすごいと思うから。負けたくないっていう思いだけで、今日……昨日の夜と同じような状況を生き延びて、そして誇れるように生きたんだから」
「……うん。お母さんは、私の一番なの」
「だったらさ」
これは、単純な僕の感想。
リリスの話を聞いて、彼女の母のことを知って。
そのうえで、リリスに抱いた、純粋な感想だった。
「その一番に、負けないように頑張らないとな」
リリスにとっての一番は、母親の生きた証とでも呼ぶべきものだ。リリスは負けたくない、逃げたくない。その思いは、結局の所リリスのもので、母親のものではない。
だから、リリスの誇るべき一番に、リリスは負けてはいけないとおもうのだ。
いつか母に胸を張り、自分も勝ったと、伝えられるように。
「…………うん!」
リリスはうなずいて、残っていたコーヒーを一気に飲み干すと、それから、ばっと立ち上がる。
「あさだーーーーーーー!!」
それは、朝日だった。
ベランダの端に駆け寄って、リリスはぴょんぴょんと跳ね、それからこちらを向く。僕もカップを置いて立ち上がると、少しずつ上ってくる朝日に、目を細める。
「ああ、朝だ――僕たちが、勝ち取った朝だ」
その光景に、戦いの終わりを、僕は強く感じるのだった。
◆
「な、何をしているんだー!?」
僕たちがベランダから出て、宿の方へ戻ると、なにやら起きてきたばかりらしい寝間着姿の師匠が、驚愕した様子で叫んでいた。
なんだなんだと行ってみると、そこには確かに驚きの光景があった。
テキパキと、村人が宿の片付けをしていたのだ。
「あの、シェル……これは?」
「あ、ああ君たちか、うん、何でも――村人たち、元からここを放棄しようという考えだったらしいんだ」
起きがけで何も知らない師匠はスルーして、事情を知っていそうなシェルに問いかけると、村人の顔役である老婆が近づいてきた。
「まぁ、近いうちに、ここを離れようってことはもともと考えててね」
……そういえば、ゲームだとこの後、概念使いたちがこの山をぶち抜いて、トンネルを作るんだ。それで、行きとは違って帰りはかなり楽に帰れるのだけど。
そうか、最初から彼らはそちらに拠点を移すつもりだったのか。
「ラインの人らの力を借りて、この山の下の方をさ、くり抜けないかと思ってるんだよ。それで、昨日の夜、そっちの二人が軽々と道の崖を崩してただろ? 行けるな、と思ったのさ」
師匠と僕を指差して、老婆は言う。
「ここが危険……というか、概念使いに守られてない場所なんて、とてもじゃないと住めたもんじゃないってのは、今回のことでよく感じた。ここには思い入れも、過去も山程ある、けど、それに拘っているわけにも行かないってことさね」
「なるほど……」
「とはいえ、その思い入れを捨てなくて済んだのは、アンタ達のおかげだよ。本当に、ありがとう」
「……はいなの!」
リリスが、勢いよく返事をした。
――撤退を選んでいたら、彼らは一から全てを始めていただろう。それでも、命があれば、この世界においては行幸だろうが、それでもそれは、負けと同じだ。
逃げるということは、決して間違いではないけれど、それに納得できるかは個人次第で、僕はできることなら、永遠に納得したくない言葉だ。
だからこそ思う。
この戦い、本当に――勝ててよかったと。
笑うリリスを見て、思うのだ。
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