SUPER MAN

じゅん

そして運命は動き出す

「ねえ、ショウちゃん。私ね、最近思っていることがあって。」


僕の隣を歩くユイがそう言ってこちらに顔を向ける。その瞳はキラキラと輝いていて、頬は紅潮している。その様子を見て、すぐにわかった。またあの話だ。


 僕はうんざりした顔で彼女に苦々しい視線を送る。


「なにそのビミョーって感じの顔。今回は本当なんだって。ちゃんとした科学的根拠もあるんだから。」


ユイはムキになってまくしたてる。非難の言葉を吐きながら、額にぶつかりそうなほど至近距離で僕をにらみつけてきた。


「わかった、わかったよ。聞くから。」


僕はなだめるようにそう言って、一歩後ろにあとずさる。いつも言い出したらきかないのだ。もう十年以上の付き合いなんだから、それぐらいわかっている。


 満足げに、ユイは話しはじめた。


「ショウちゃん、人間は脳を十分に使いこなしていないって話知ってる?


 人間って、実は脳細胞の10パーセントしか使っていないらしいのよ。つまり、残りの90パーセントは眠っている状態ってわけ。驚きじゃない?


 ってことはさ、人間にはまだまだ未知の可能性がたくさんあるってことだと思うの。いわゆる潜在能力ってやつね。


 よくさ、『火事場の馬鹿力』っていうじゃない?危機に迫ったときに、ものすごい力を出したり、とてつもなく速く走れたり、頭がフル回転で動いたりするって話。


 あれって、普段はセーブしている脳が本気を出したとき、信じられないパワーが生み出せることの証明だと思うの。


 でね、もしこの『秘められた潜在能力』を意識的に出すことができたら、私たちは超人的な力を発揮できるじゃないかなって、そう思うの。


 もしかしたら、念力や瞬間移動、テレパシーだってできちゃうかも。」


すさまじい勢いで説明するユイの言葉を、僕は黙って聞いていた。


 彼女は超常現象や宇宙人、陰謀論といったオカルトの話が大好きなのだ。テレビ、雑誌、ネットの些細な口コミまで、ありとあらゆる情報を拾い集めてきては自慢げに紹介してくる。


 毎朝毎朝、登校途中にそういった話をされるので、さすがに嫌気がさしてくる。それに、ちょっと心配だ。ユイは一つのことに熱中しすぎる癖がある。変な宗教にハマって高額な壺でも買わされたりしないだろうか…。


「ね、ショウちゃんもそう思うでしょ?今回は信じてくれるよね?」


まぶしい笑顔を向けながら同意を求めてくるユイを見ていると、複雑な気持ちになる。


 ユイのまっすぐな気持ちを認めてあげたいのは山々だが、ここは心を鬼にしなければ。


 来年は僕たちも受験生だ。いつまでも夢見ていられる年頃じゃない。ユイにも現実をしっかりと見すえてもらう必要がある。


「ユイ…。はっきり言おう。『人間の脳は10パーセントしか使われていない。』という説は昔から信じられてきたが、あれは嘘だ。


 最近の研究で、人間はすべての脳の場所を使うことがわかっている。昔は機能がわかっていないところが多くて、そんなデマが流れたようだが、実際には使われていない場所なんてない。


 瞬間的には、一部の場所しか活動していないように見えるかもしれない。でも、少し長い目で見るとそれぞれの場所が交互に活動していることがわかる。


 つまり、人間の脳はあらゆる場所が少しの時間を置いて互いに協力しながら活動しているんだ。少ないエネルギーで効率よく働くために、脳はあえてそんな風に動いている。


 確かに、『火事場の馬鹿力』なんて言葉があるように、危機に直面してすべての脳の場所が一斉に活動したらすごいパワーが出せるようになるのかもしれない…。


 でもそんなの膨大なエネルギーを使うし、脳や身体への負担も相当かかる。あまりオススメできることじゃないよ。


 それに、どうやって自分の意思でそんなことができるようになる?ユイにとっては残念かもしれないけど、はっきり言って不可能だよ。」


穏やかな春の風が吹く中、僕は冷静に、客観的にありのままの気持ちを伝えた。


 これでユイもわかってくれるはずだ…。


 そう思って彼女の方を見ると、そこには顔を真っ赤にして頬を膨らませた一人の少女がいた。


「不可能かどうかなんてわからないじゃない!!やってみなくちゃ!!」


本気で怒っているようだった。自分の考えが真っ向から否定されたことに心底腹を立てている。眉を寄せ、敵意をむき出しにして鋭い眼光を飛ばしてくる。


 やばい…。言い過ぎたか…。


「疑り深いショウちゃんに、特別に私の超能力を見せてあげる。目を閉じて呪文をつぶやけば、あの横断歩道を一瞬で駆け抜けられるようになるわ。いわゆる瞬間移動ってやつね。」


そう言って、ユイは目をつぶり意味不明な呪文を数秒ほど唱えた後、かっと目を見開き、目の前の横断歩道に向かって無我夢中で走り始めた。


 僕はあまりの出来事にあっけをとられていたが、彼女が横断歩道を渡り始めた瞬間、右側からものすごいスピードで大型のトラックが接近しているのが見えた。


「ユイ!!危ない!!止まれ!!」


僕は大声を出しながらユイに追いつこうと地面を蹴った。彼女は僕の声に気づかない。トラックが猛スピードで彼女に迫ってくる。


 ぶつかる数センチメートル手前で僕はユイに追いつき、ありったけの力で彼女の背中を前方へと押し出した。ユイは僕に押された衝撃で数メートル先へと押し出された。


 これが、『火事場の馬鹿力』ってやつか…。


 厚い金属をまとったトラックが僕の身体を右側から押しつぶそうとする瞬間、僕はそんなことを思いながら自分の死を待っていた…。


 まさに死が近づいてくるその刹那、時間がゆっくりと進み、今までの人生の記憶が次から次へと沸き起こる。


 幸せな家庭で育ち、純真な少年時代を迎え、幼馴染のユイや友達と過ごした日々…。


 何の変哲もない人生だったが、僕は幸福だった…。


 僕の方を振り向いたユイが、今にも泣きだしそうな怯えた顔で地面に這いつくばっている…。


 ユイ…そんな顔するなよ…笑ってくれよ…僕の分まで笑ってくれよ…。


 僕には、希望も、絶望もなかった。ただ、与えられた自分の運命に対して従順に受け入れようとする意思があるだけだった。


 誰しもが生きている以上、死ぬときが必ず来る。それはどんな人間であろうと、避けられない。ただ事実としてあるのは、その瞬間が早いのか、遅いのか、それだけだ。


 もしここでユイを助け、自分の身を犠牲にすることが「必然の結果」だというのなら、僕は甘んじてそれを受け入れよう。


「嘘だろ…!!今のお前の言葉、全部嘘だろ…!!」


突然、声が聞こえた。厳かで品格のある音が僕の鼓膜を重々しく震わせていた。


 気づけば僕は真っ暗な空間の中で一人、立ち尽くしていた。ただ声だけが、その空間を通してゆっくりと僕の意識に訴えかけるのだった。


「お前の本当の想いを、俺に聞かせてくれよ…!!」



 

 

 

 

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SUPER MAN じゅん @kiboutomirai

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