第70話 シークレットブーツ

「あの肌黒の女の子にやられた、ライバルが減って清々したっていったら」


不愉快そうに顔を歪めてエルザはベットの上に座っていた。もしマチルダさんに同じことをされていたら頬が削り取られていただろうからよかったといえるべきだろう。

エルザの住んでいる一室は、なんとジゼルの屋敷から歩いて行けるところにあった。


「何件か別荘がある。ボクは今ここで住んでいるが。たまに屋敷に帰らないといけない」


エルザは茫然自失のシスカに話したがシスカは茫然自失なので全く会話が耳に入ってこなかった。

エルザの部屋の床でマグロのように寝ている。


「おい、聞いているのか。ボクがお前に折角話をしてやっているんだぞ」


「ごめんなさい……」


「それ何回目だよ」


呆れたように腕を組んで、エルザははあーーーと深いため息をついた。


「いつかバレることだったんだろ?だったらいいじゃないか。いつかこういう日が来るってわかっていたんだろ?」


エルザは、足を組んでシスカにつま先を向けた。


「あぁ」

「まあもっともボクはライバルが減ってよかったけどな」

「あぁ」

「おい、ったく」

エルザはぐしゃぐしゃと頭をかいた。


「いつまでこんなヤツをボクがここにおかないといけないんだよ。クソっ」

「ごめんなさい」

「あぁ!!いい加減にしろお前!」


エルザはとうとうシスカの胸倉をつかんだ。


「しっかりしろ!ジゼルはしばらくといったんだ!一生とはいってないだろ!」


「でも」


「今は自分の気持ちに整理をつけたいといっていた。だからお前はしばらくジゼルから離れていればいいんだ、嫌われているわけじゃない!男がうじうじするな気色悪い」


「・・・・・・・」


エルザの言葉が枯れた砂漠に一筋の雨を降らすようにシスカの心にしみわたった。


「ありがとう、励ましてくれて」

「励ましたつもりはない、お前はライバルなんだからな」


エルザは腕どさっとシスカを床に落とした。


「それにお前をうちに置くのはあの肌黒のメイドに頼まれたからで、決してボクの意志ではない。お前が少しでも変な行動を起こせばあのメイドに真実を伝え、お前をここからたたき出してやる」


「変な行動なんて起こしませんよ」


シスカはゆっくり起き上がった。

そして最初にこの部屋に来た時叩きつけられた濡れたタオルと拾った。


「ありがとうございます、タオル。また濡らしてきていいですか」


「あぁ」


シスカは、エルザに目で示された方へいって洗面所でタオルを濡らした。

そして頬にあてて戻ってきた後、ベットに座っているエルザの隣に腰かけた。


「エルザさん」


「なんだ」


「どうしてシークレットブーツなんて履いているんですか?」


「……」


エルザは、ベットの下に手をいれ中から拳銃を取り出した。

そしてそのままシスカの胸に突き付けた。


「死ね」


「ごめんなさい」


「それはボクへの仕返しのつもりか?本当に汚いなお前ってヤツは」


エルザは、尚も拳銃をシスカの胸にぐりぐり押し当てながら続けた。


「違うんです、足をはらった時にかなりブーツの下の方が固くて、足が入っている感じがしなかったといいますか」


「喧嘩を売っているのか、殺すぞ」


エイズラさんとジゼルお嬢様を混ぜたみたいな性格しているなこの人。

シスカは、エルザの拳銃に怯えながらまじまじとエルザのシークレットブーツを見つめた。


「学校で水泳の授業とかどうしていたんですか」


シスカは、元エルザの今通っている学校と同じ学校に通っていた。


「泳げるから参加する必要ない」


エルザは無意識にシスカから視線をそらした。


「今は学校ないんですか」

「長期休暇だ」


それから、シスカとエルザは学校の話を少しして、ジゼルの話になった。


「あれって、小さい頃のジゼルお嬢様ですか」

「あぁ、可愛いだろう」


エルザは自分の事のように自慢げにそういって写真を見つめるシスカにドヤ顔を見せた。


「はい」


エルザはその真剣なシスカの表情に嫌気がさしてお風呂に入りに浴室にいってしまった。

シスカは、エルザの部屋に1人残された。

ジゼルお嬢様の小さい頃の写真を見ながらシスカはジゼルのことを自分は全然知らないんだと感じた。


「あれ」


コルクボードの後ろから何か白いものが見え、シスカはコルクボードを裏返した。


「うわ」


そこには隠し撮りされたとみられるジゼルの写真が山ほど貼ってあった。この家のスペアキーらしい鍵もかかっていた。

これは、常習犯だな。

そしてそこにはシスカの写真も貼ってあった。

黒く塗りつぶされ、「死ね」「泥棒」などかなりの悪質な言葉が書かれている。


「こわ」


シスカは、また拳銃を突きつけられたら怖いと思ったのでベットの下を覗き込んだ。


「あれ」


ベットのすぐ下には、ルームシューズと思われる緑色の履きやすそうなシューズが隠されていた。

もしかして家でいつもこれ履いていたんじゃ。

シスカはルームシューズを取り出し、脱衣所の前にこっそり置いた。


そしてシークレットブーツを持って戻ってきた。

足のサイズはかなり小さいが、厚底はかなりにものだ。かかとに少し色の違う丸いスイッチのようなものがあり、ここを押すと刃物が出るらしい。


そしてシークレットブーツを玄関の靴箱の中に入れようと中を覗き込むと、厚底のブーツしかなかった。シスカはその中にブーツを入れてエルザが戻ってくるのをベットの上に座って待っていた。


「おい!!ボクのブーツを返せ!クソ野郎が!」


その後、とんでもない叫び声がして、シスカは様子を見に浴室に向かった。

すると、麻のシャツに麻のズボンを履いたなんとも小さな女の子がいた。


「身長何センチですか」


「うるさい、殺すぞ!」


140センチギリギリあるかどうかだ。

ジゼルお嬢様より小さいエルザにシスカは先ほどの恐怖より可愛いものに思えてきた。


「すみません、でもブーツは怖いので」


「全然成長しなかったんだ。クソ、嫌味か」


ずんずんエルザは怒りながら玄関の靴箱からブーツを床に放りだすと、ストッキングをブーツを履くために履いていたらしくそのままブーツを履いて玄関の出口の方へ向かった。


「どこ行くんですか?」


「お前はイライラするから買い物に行ってくる。シャワーでも浴びていろ」


エルザは、そのままぷんぷん怒って外に出て行ってしまった。


「わかりました……」


ばたんと扉を閉められ、シスカは言われた通り立ち上がって脱衣所に向かった。


「よく俺に留守を任せられるな。エルザさん」


でも家がない俺に住むところを与えてくれてシャワーも貸してくれるなんて。

根はいい人なんだろうな。ジゼルお嬢様の親友らしいしそりゃそうか。

ジゼルお嬢様は今頃どうしているだろうか……。


シスカはいつもと違ったしおらしい表情で考え事をしていた。


**


しおらしい表情、いやしおではなく渋柿のようなしぶい表情をしていた。

どうしてボクがアイツを家に泊めなくてはならないんだ。エルザは非常に不服だった。

ライバルとさえ思っていなかった、憎き泥棒で、敵で、殺したい相手だった。

負けるとは思っていなかった。


絶対に勝てると思っていた。

でもヤツは砂糖のように甘く、負けたというのにまたいつでも屋敷に来てもいいなどと言ってきた。

意味が解らない。


立派な王子様になって、ジゼルの前に現れる為にずっと努力してきたのに。

どうしてあんなヤツに負けないといけないんだ。


エルザは、ジゼルが誘拐されたことを初めて知った。

結婚式の事は、ほぼもみ消されてしまっていたが自力で調べ、何があったか突き止めた。

仮面を被った男が結婚式をめちゃくちゃにした話を聞いた時、エルザは脳から何もかも抜け落ちてしまったような虚無感に襲われた。


アイツだと、すぐにわかったのだ。

苛々する。エルザは、ずっと心に引っかかりを感じていた。


あの時、刺し殺しておけば自分はこんな気持ちにならなかったんだろうか。

アイツが悪い泥棒だけの存在だけであるならば、刺されて当然の相手であるならば、自分はこんなに悩んだりしなかっただろうか。

そう思い込み続けられたら、よかったんだろうか。


どんと、男にぶつかったことも、エルザは気づかずそのまま歩き続けていた。


「おい」


振り返ると、屈強な男が3人、エルザを見下ろしていた。

1人の男はアイスクリームのコーンを持っていてアイスがぶつかったからか服についてしまっていた。


「男?いや、女か?」

「女だろ、綺麗な顔してるぞ」

「こりゃ上玉だ」


エルザが睨み上げると、男はさもぶつかったぞと言いたげな表情を浮かべていた。


「ぶつかったか、悪かったな。後ボクは男だ」


男だという言葉に、3人は顔を見合わせた後、まさか、という顔で笑いあった。それにエルザは余計にイライラを募らせていく。

エルザが謝って先に行こうとすると、男がエルザの肩を掴んだ。


「待てよ」

「なんだ」


「服がアイスでべたべたになってしまっただろうが」


「だからなんだ。金を払えばいいのか」


エルザは、面倒くさそうに財布から札束を出して男に叩きつけた。


「これでいいだろう」


後ろの2人は目の色を変えていたが、叩きつけられた男は怒りに顔を赤くし震えていた。


「よくねえ、お前俺たちを見下しているな、その態度が気に入らない」


「面倒だな、金をやっているのだからそれで満足して帰ればいいだろう」


「あぁ?」


エルザは、苛々していた。

機嫌が悪かった。その苛々をぶつける相手ができたと密かに笑った。

いつものエルザならしなかっただろう。

でも、今日のエルザは半ばやけくそのような気持ちで男たちに突っかかっていった。


「俺は女だからって容赦しないぞ」


「うるさいな。ボクは男だと言っているだろう」


店の人たちがざわざわと噂する中、エルザはもやもやとする心を履いて捨てるように喧騒から消えた。

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