第35話 稽古はできないが訓練はできる
「マチルダさん、お願いがあるんです」
「はい」
「俺、もっと強くなりたいんです。ジゼルお嬢様を守れるように、そしてマチルダさんと何かあった時一緒に戦えるように」
シスカは拳を握って真剣な表情でそういった。
はっきりとそういいきったシスカに、マチルダはきょとんとしていた。
シスカはその反応は予想外で虚を突かれたが、マチルダの方が虚をつかれたという顔をしていた。
「マ、マチルダさん?」
「ジゼルお嬢様の様子をどうしても見に行きたいから協力してほしいとかじゃないんでありますか?」
「え?」
「ん?」
「ん?」
「え?」
しばしの沈黙の後、シスカは焦ったように首を振った。
「ち、違いますよ!俺は真剣に稽古をつけてほしいんです!」
そういったシスカにマチルダは成る程!と手を打った。
「そうでありましたか、稽古・・・稽古でありますね。私は人に何かを教えるのが下手でありますから・・・」
そう、マチルダは軍人時代も下に人を作ることはしなかった。
誰かに従い、何かをなすことが性にあっていたし、誰かに何かを教えられるような人間ではないと思っていたからだ。
「じゃあ、体で覚えます!マチルダさんの真似でもなんでもしますから!今日朝たまたま早く起きた時、マチルダさんが走っているのを見かけました。俺もランニングに参加させてください!」
シスカは、マチルダがどれだけの距離を走っているかまでは知らなかった。
朝の軽いランニングで10キロ走るのだ。常人に耐えられるはずがない。
「・・・そこまで言うなら」
だが、マチルダは朝の10キロのランニングも苦ではなかったし、むしろ眠気覚ましの為のストレッチのようなものだったし、自分の真似をして覚えてくれるのならそれはいいやと軽い気持ちでOKした。
「私の朝のメニューにシスカ殿も参加するということでありますね」
マチルダは、本来の今だ仕事を無遅刻無欠席のシスカなら大丈夫だろうと顎に人差し指を添えて安易に考えていた。
「はい。それと贅沢言えば、その時でも空いた時間でもいいので俺に剣術を教えてほしいです」
「剣術・・・でありますか」
シスカは、ジゼルを救出するとき銃の扱いを教えてもらった。そして実際に使ってみて思ったことがあった。
銃は、トリガーを弾けば人を簡単に殺せる。確かに技術も必要だ。でも、使い方を覚えて弾を当てれば人を殺すことができる。
シスカは、その感じがどうも苦手だった。
簡単に人を殺すことができる武器に鳥肌がたってそこに自分が立っているのかわからないような感覚にまで襲われた。
学校に通っていた時の努力人間のシスカが垣間見えた。
「俺は自分の実力で彼女を守れる、ちゃんと戦って傷ついてあなたと戦える男になりたいんだ」
シスカは、立ち止まってマチルダの目を見つめた。
一点の曇りもないその表情にマチルダは眼鏡をはずし、子供が怯えて泣いてしまうような鋭い瞳でシスカを見つめた。
「いいでありますよ・・・ただし」
マチルダは、すうっと目を細めた。
「【稽古】は無理でありますが、一緒に【訓練】することはできるであります。私は見ての通りこの通りドMであり訓練は当然厳しいものになるでありましょう。それでも大丈夫でありますか?」
シスカは、マチルダの瞳に臆する事なく頷いた。
「無論です」
「そうでありますか」
マチルダはふっと緊張がとけたように眼鏡をかけて微笑んだ。
「でもちょっと条件があるであります」
「条件?」
「前と同様私のミスをちゃんと注意してほしいであります。いや、口汚く罵ってほしいのであります。最近ジゼルお嬢様も私に優しくて困っているのであります」
「・・・わかりました」
台無しだった。
マチルダさんはいつだってこうだ。シスカは呆れたような目でマチルダを見つめた。その目にマチルダは気をよくしたのか、足取り軽くシスカの前を早歩きする。
「では、剣をとってこないとでありますね。ジゼルお嬢様が寝ている間に早速特訓であります」
シスカは、自分からお願いしておいてふいにマチルダが剣を振っているところを全く想像できないことに不安を覚えた。
「マ、マチルダさん、刃物の扱い、得意なんですもんね」
そういった子供のようなシスカに、
「そりゃア、もう」
数々の死闘を潜り抜けてきたマチルダは、ゾッとするような低い声で答えた。
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