第34話 ダウンお嬢様と執事の頼みゴト

「はぁっ・・・はぁっ・・・」


ジゼルは、熱を出した。

顔を赤くし、汗が額に滲んでいる。病院でマチルダの付き添いとしてずっと寝ずに彼女のことを見守っていたからだろう。

そもそもジゼルにとって、決して倒れないマチルダが倒れたことが首をギロチンでいきなり斬られるような衝撃にして、ショックだったのである。

マチルダの病室のベットでシスカと共にずっとマチルダを見守り気を張っていたジゼルは回復したマチルダに対し、とうとう熱を出して倒れた。


「りんごを切るのは得意であります」


対してこのマチルダの回復力。

あれだけのことがあったのに3日で退院し、職場復帰した。

そして今は自分のことよりジゼルの看病を優先している。


「あーーー!勝手に包丁使って!・・・って」


洗濯ものを取り込み終わったシスカがキッチンを通りかかるとあろうことかマチルダが包丁を持っていた。ドジなマチルダさんのことだ。手をさくっといってしまうかもしれないと前のシスカだったら思っていたかもしれないが、先日の件でシスカはマチルダを尊敬し、仕事を少しずつ任せるようにし、ドジも注意せず優しく見守ることに決めた。

そしてさっきマチルダに任せて洗濯機の操作を間違えたらしく洗濯機が爆発したせいで、洗濯物を手洗いして干した後戻ってきたところだった。


「えっ・・・包丁の扱い上手くないですか?」


シスカがりんごの入った器を覗き込むと、うさぎの形に切られていた。


「刃物の扱いには慣れているでありますよ」


マチルダは、笑顔で答えた。

シスカは、乾いた笑いで返した。


「シスカ殿も一緒に部屋に行くでありますか?」


そう問いかけたマチルダにシスカは首を振った。


「遠慮しておきます」


先ほどシスカが部屋に様子を見にいったとき、


「無防備な姿を見せたくないの・・・出て行ってくれるかしら」


ジゼルにツンツンとした口調でそういわれた。

体調がすこぶる悪いわりにはそういうところは変わらないし可愛げがない。


「そうでありますか。シスカ殿がいったらお嬢様も喜ぶと思うでありますが・・・」


マチルダは、しゅんとしてりんごを持って部屋を出ようとした。


「マ、マチルダさん」


シスカは、拳をぎゅっと握って、マチルダを呼び止めた。

くるりと振り返ったマチルダは、シスカのその真剣な表情を見て驚いたように目を見開いた。


「マチルダさん、その林檎を届けたらちょっと頼みたいことがあるんです」


「なんでありますか?」


マチルダは、その内容が半分くらいわかっているようで子供に聞くように優しく微笑んだ。

シスカは、それを察して恥ずかしそうに俯くと、


「お嬢様の後で大丈夫ですから」

そういって一歩引いた。


マチルダは、りんごを切ってジゼルの部屋に向かった。

3回ノックの末、扉を開けると相変わらず体調の悪そうなジゼルがベットで横たわっていた。


「ジゼルお嬢様、りんごを切ってきたでありますよ」


母親のようにそういって微笑むマチルダにジゼルはふっと安心したように微笑んだ。


「ありがとう・・・マチルダ」


ジゼルは小さな口を開けた。

マチルダは愛のこもった瞳を細めると、りんごをジゼルの口に運んだ。


「シスカ殿も後で来るようにいっておくでありますよ」


そういったマチルダに、ジゼルは寝返りをうってマチルダに背を向けたまま答えた。


「いいわよ。シスカは」


「どうしてでありますか?」


「弱いところを見せたくないわ」


マチルダは、少し前にジゼルがシスカに自分を犯してくれといったことを思い出した。

あれ以降恥ずかしいのでありますね。シスカの前では相変わらず恋愛でポンコツになる以外は凛としているジゼルを思い出し、マチルダは、困った顔で息を吐いた。


「じゃあ、ジゼルお嬢様の大好きなマスク様がお見舞いにきたらどうでありますか?」


その問いかけに、ジゼルはゆっくり仰向けになると白い天井を見上げた。


「そしたらきっとすぐ元気になって、紅茶を淹れてお話ししたいわ。手紙のお返事どうしてくれないのか聞くの。そしてその分沢山話をするの」


ジゼルは夢見心地というようにぽわぽわとした口調で話した。

お見舞いにくるのにもてなしてしまうのかとマチルダは笑顔のままずり落ちた眼鏡を直した。

そのままジゼルは妄想モードに入って幸せそうだったが、


「ちゃんとお見舞いされないとダメでありますよ、体調が悪いんでありますから」

マチルダは自分が余計なことを言ったせいでジゼルの熱が上がってしまうと焦った。

鎮火するようにそういうと、ジゼルはぼーっとした瞳で答えた。


「・・・好きな人にお見舞いされるというのはどうされるのが正しいのかしら。マチルダ」


そういったジゼルに、マチルダは笑顔で答えた。


「側にいてもらうだけで充分な気がするであります」


少しして、ジゼルはりんごを少しだけ食べて寝てしまった。

マチルダは、その寝顔を見送ると、部屋を出た。

部屋を出ると、冷やしたタオルやら冷たい水やらをお盆に乗せたシスカが立っていた。


「これ、渡してください」


シスカは、マチルダが転ぶことを心配したが自分が渡しにいけないのでは仕方ない。

シスカからお盆を受け取らずマチルダは微笑んだ。


「ありがとうございますシスカ殿。でも、今はジゼルお嬢様は寝ているでありますよ」


「そうですか」


大きく安心した様子で息を吐くシスカに、マチルダは優しく微笑んだ。


「あぁ、タオルだけありがたくいただくであります」


マチルダは、冷たいタオルだけ受け取りジゼルの額に乗せて戻ってきた。

部屋を出たマチルダは、口元に怪しい笑みを浮かべた。


「それで、頼みたいことってなんでありますか?」


そう聞いたマチルダに、シスカはハッとした。

そうだった、俺はマチルダさんに言わなくてはならないことがあったんだ。

頼まなくてはならないことがあったんだ。


「マチルダさん、お願いがあるんです」

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