第31話 落ちた眼鏡と嫌な予感
「なんだ・・・なんなんだこの女!?本当に人間なのか!?」
マチルダは、恐ろしい速さで2丁銃を手にし、2階から見下ろしている男たちの脳天に鬼のような弾丸を命中させていき、あっという間に男たちを地面へと叩き落していく。
正面の男たちがマチルダに銃を向け発砲するが、マチルダはそれを落ちてくる男たちを盾にしながらかわし、シスカを狙う敵を重点的に照準をあわせ、撃ち殺していく。その速さと的確さ、並みの人間にできることではない。
シスカはただ走っていた。
ジゼルの元へ、ただ走ることしかできなかった。視線の端に映る自分を狙う男たちが次々死んでいく。
まるで、シスカに銃を向けたものから死神が背後からその者の魂を刈り取っていっているようだった。
シスカは走っている間、気づいたら涙を流していた。
『ごめんなさいであります!ごめんなさいであります!』
『シスカ殿、ありがとうであります』
『私は、シスカ殿がやってくれたこと、ちゃんとわかっているでありますからね』
いつものマチルダを思い出して泣いていた。
男の俺が2人を守らないといけないのに、俺はマチルダさんに守られてばかりだ。
それにマチルダさんは、どうしてこんなに凄いんだ?いつものマチルダさんと全然違う。でも、マチルダさんが俺の肩を掴んだ時、俺はジゼルお嬢様を彼女から託されたと、任されたと感じた。今俺のできること、やることはただマチルダさんを信じて走ることだけだ。
ロバートンたちはもう扉の向こうにいってしまっていた。
シスカは急いでその後を追ったが、そこまでの間シスカは一滴の血も流さなかった。
マチルダは、扉の向こうにいったシスカを無表情で見送りながら、絶えず引き金を引いていた。
扉の向こうは薄暗くて白い廊下がずっと続いていた。
足音は反射しているのが聞こえて、シスカはまだそんなに遠くにはいっていないのだと全速力で音のする方へ駆けていった。
男たちは、2人とはいえジゼルお嬢様1人を抱えて走っている。
そして続いている廊下は1本道だ。シスカは、そのまま全速力で駆け抜けた。
「ジゼルお嬢様・・・」
次第に走っていると前方に人影のようなものが見えてきた。
あぁ、いた。シスカは、この屋敷にいくまでに銃の使い方をマチルダに教わっていた。
『情けは人の為にならないという言葉があるであります』
『はい?』
『銃を向けた相手は、同じ人間じゃない。親の仇か、大切な人を殺した相手か、ただの敵だと思って引き金を引くでありますよ』
そういってマチルダさんは、銃を握る俺の手に自分の手を重ねた。固くてしっかりした手だった。
シスカは、走りながら正面の男に照準を合わせた。
ロバートンが気配に気づきくるりと振り返った。
「クソっ!」
ロバートンは前でジゼルをかついでいた為、後ろで担いでいたもう1人の男に隠れ、シスカの銃口が火を噴いた後、呻き声をあげて倒れたのはロバートンではない一緒に運んでいた男だった。
「うわっ!!」
ずるりと男が倒れ、ロバートンは前のめりに倒れた。だが、まだジゼルはロバートンの方に転がっていた。
「クソっ、クソっ、もう少しだったのに」
男は、布団にくるまれたジゼルに銃口を向けた。
「銃を下ろせ!」
そう叫んだ男に、シスカは銃口を向けたまま言った。
「こっちのセリフだ!」
助けると約束した。マチルダさんとも約束した。
俺の役目は、ジゼルお嬢様を助けることだ。そして、ジゼルお嬢様を助けたらすぐにマチルダさんの元に行く。
「どうして邪魔をするんだ!エルフの会はアルバウト氏が作った本当に素晴らしい会だったんだ!いいだろうが!この娘はアルバウト氏の子供でもなんでもないただのエルフなんだぞ!」
その言葉にシスカの動きは止まった。
「お前が仕える必要なんかない!この娘はただのエルフだ!生前、アルバウト氏がそういっていた。酔っていた時そういっていた。俺は確かに聞いたんだ!気に入った娼婦が身籠っていて、自分の子供だと思ったら生まれたのは純潔のエルフだった。だがその娼婦が美しかったこともあり、これは美しい娘に育つと自分の娘として育て始めたと」
ジゼルお嬢様は、アルバウトの娘じゃない?
何をいっている?この男は。
「本来は人間とエルフが身籠ればハーフエルフが生まれるはずなのだ、現代で純潔のエルフでこれだけ若いとなると珍しいのだぞ!?ハーフエルフもエルフも人間に飼われたりして、エルフ同士が子供をつくるというのさえあまりないことなのだ!だから俺は、彼女が手に入ると結婚式を心待ちにしていたというのに・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「希少なエルフをそのままにしておくのはおしいだろう?俺たちが有効活用してやるんだ!彼女はもはや天涯孤独のただのエルフなんだ!いいだろ!?」
「エルフエルフエルフうるさいんだよ」
シスカは、男の口に銃口を向けた。
「ジゼルお嬢様をこれ以上悲しませるなッ!!」
「うわああああああああああああああああああ!!」
男が2発、シスカに向けて発砲した。弾はシスカの肩と左腕をかすり消えていった。
シスカは1発発砲した。その弾丸は先ほどまで元気に話していたロバートンの口元を貫通していた。
「ぐっ・・・クソ・・・どうして俺がこんな目に」
そういって血を流しながら仰向けに倒れたロバートンの心臓にシスカは1発弾丸を撃ち込んだ。ロバートンは、ひゅっと息を吐いたっきりぱたりと動かなくなった。
シスカは布団にくるまっているジゼルに駆け寄って布団からジゼルを救い出した。
「・・・ジゼルお嬢様!?」
ジゼルは気を失っているようで目を閉じて横たわっていた。
「よかった、気絶しているだけか」
安心したシスカは、かちゃりと何かが落ちるような物音がして焦って音のした方を見た。それは、シスカが落としたものでそれと同時に見覚えのあるもので、ここにあるとは思えないものだった。
「眼鏡・・・?」
シスカの胸ポケットから出たらしいそれは、かしゃんと床に落ちてするりと滑った。
どうしてマチルダさんの眼鏡が俺の胸ポケットにあるんだ?シスカは、眼鏡を拾い上げるとひやりと冷たいその眼鏡を見てシスカは嫌な予感がした。
「あれ・・・この眼鏡」
そしてシスカはその眼鏡をみてあることに気が付いた。
眼鏡のつるを持ち、眼鏡のレンズをのぞいてみたシスカはあまりの度の強さにすぐ目を離した。どれだけ目が悪いんだ、マチルダさん。でも、おかしいぞ。
だとしたら・・・穴をあけた時何故眼鏡をはずしてあんなことを言ったんだ?
『見つけた』
胸ポケットに眼鏡をしまったシスカは、ジゼルを抱きかかえると安全そうな場所においてマチルダのところに向かおうとした。
だが、歩いている途中で、
「ん・・・?」
ジゼルの眉がぴくりと動き、赤い瞳がうっすらと開いた。
そして、虚ろな瞳でぼーっとシスカを見つめている。
「ご無事ですか、ジゼルお嬢様!」
心底安心した様子でそういったシスカに、ジゼルは大きく目を見開いた。
シスカと、マチルダがわたしを助けにきてくれたんだわ。
「シスカ、助けにきてくれたのね・・・」
自分は今肩から血を流したシスカに抱きかかえられてどこかに運ばれている。頭の中がぐあんぐあんと渦巻いて意識がまだはっきりしていなかったが、ある人物の後ろ姿を思い出し、ジゼルは、ハッとしてシスカを見つめた。
「マチルダは!?」
「マチルダさんは、俺にジゼルお嬢様を託して、ジゼルお嬢様を誘拐した男たちの中に残ったんです」
その言葉にジゼルは背中を爪でひっかかれたように飛び上がった。
「今すぐそこに連れて行って!」
ジゼルは、シスカのシャツをぎゅっと握りしめた。
「お願い、シスカ。お願い、マチルダの元へ連れて行って」
「でも、ジゼルお嬢様、危ないですよ!」
ジゼルの必死の形相にシスカは心臓がぎゅっと握りつぶされたような気持ちになった。そして同時に凄まじい嫌な予感がさあっと体温を攫っていく。
マチルダが助けにきたであろうところまでは覚えていたジゼルだったが、その後暴れた時無理やり布団に顔を押し付けられ気を失ってしまっていた。
あの地下室には沢山の男たちがいたわ
その全員と1人で戦っているとしたら・・・。
ジゼルはシスカの腕から降り、シスカを見つめた。
「お願い、マチルダの所に行かせて、彼女の戦い方はいつも危険なの」
***
マチルダは、その場にいる男全員と1人で戦っていた。
その姿は、過去に《戦場のオートマタ》と呼ばれていた頃を呼び起こすような凄まじい殲滅の仕方だった。
「なんだ・・・この女、恐怖ってもんがないのかよ」
男はがたがた震えながら涙で頬を濡らし彼女を見つめていた。
マチルダの体に刻まれた無数の傷の意味。
「銃を何発撃ち込んでもひるむことなく全速力で向かってきやがるッ・・・!」
マチルダの戦闘スタイルは防御0の攻撃全振り弾丸スタイル。
どれだけ弾丸を撃ち込まれてもどれだけ殴られても自分を守らず、ただ壊れたマシンガン銃のように撃ち続ける、殴り続ける、隙を与えず殺す、殺す、殺す、殺すのだ。そして絶対倒れない。頑丈なだけが取り柄を自称していた彼女だったが、それはもう人並外れていた。
そんな彼女を見た人間はこう言った。
「アイツは化け物だ、人間じゃない・・・敵にまわしたら最後不死鳥のように起き上がり敵を殺すまで動き続ける。まるで壊れたオートマタ(機械人形)のようにッ・・・!」
マチルダは、くるくると回りながら男たちを的確に殺していく。ただでさえ薄着なのに、銃弾を撃ち込まれ体にはいくつも穴と共に血が流れていた。
だがそれでもマチルダは止まらなかった。
過去に《戦場のオートマタ》と言われていたように、その場の男たちを狩りつくすまで暴れ続けていた。
***
シスカは、自分の前を走っていくジゼルに思わず問いかけた。
「あの、ジゼルお嬢様」
「・・・なに?」
「マチルダさんは、何者なんですか?」
その問いに、ジゼルは俯いたがその後息を小さく吐くと続けた。
「彼女は、元軍人なの」
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