第30話 人間掃除は得意だが、庭の掃除は得意ではないらしい
侵入者が現れたと、ジゼルを誘拐して連れてきた男たちはわたしを取り囲みどこかに逃げる話し合いを始め、それをロバートンが叱咤した。
「話は後だ!とにかく逃げるぞ!」
焦ったロバートンは真っ青な顔で続けた。
「こんなにも早いとは!ジゼルを誘拐したことで一番恐れなくてはならないのはあの化け物だ!だからアイツが屋敷にいるタイミングで襲わせたというのに!」
地下室には外にでる裏口があるらしく、地下室の段ボールをどかすと扉が現れた。
男たちはわたしを布団でくるんで抱き上げた。
侵入者!?まさか、マスク様・・・助けにきてくれたの?
「離して!離しなさい!!」
男たちはジゼルを無理やり捕まえて地下室から出る扉へと向かった。
だがジゼルは暴れた。
もしくは、マチルダか、シスカか・・・わたしを助けにきてくれたんだわ!
でも――ジゼルは苦しそうに顔を歪めた。
この爆発音、このめちゃくちゃな感じ。
マチルダね。
ジゼルは、マチルダが自分を助けにきてくれる事実に頭からさあっと血の気が抜け、背中に冷たい汗が流れた。ジゼルが暴れて抵抗したことで多少なりとも時間が稼がれ、マチルダもシスカの間に合った。
穴の下を見つめ終わったマチルダは、くるりと踵を返すと、シスカに突進するように向かっていった。
「マ、マチルダさん!?」
マチルダは、鋭い眼光でシスカをがっしり抱きかかえると、
「え?え?マ、マチルダさん?」
そのまま穴の中へシスカ1人抱えてダイブした!
うす暗い地下まで、真っ逆さま、一直線。恐怖驚愕シスカはがたがた震えながらマチルダにしがみついていた。
「ジゼルお嬢様あああああああああああ!!!」
「うわあああああああああああああああ!!!」
地下室まではかなり上から距離があったが、マチルダはシスカを最後にはお姫様抱っこして華麗に着地した。
がたがた震えていたシスカだったが、2人がかりで運ばれている人一人がくるまれていそうな布団を見てすぐに立ち上がった。
「ジゼルお嬢様!助けにきましたよ!」
布団の中のジゼルがまたばたばた暴れるのを確認して、シスカは逃げようとしていたロバートンを睨みつけた。
「ったく邪魔をしやがって、それをよこせ!」
ロバートンは、ジゼルのくるまった布団をひったくるような形で取り上げもう1人の仮面の男と一緒に持ち上げた。
「時間を稼いでくれお前たち!俺は先に逃げる、LFの明るい未来の為に!」
そういってそそくさと逃げようとしたロバートンに、
「待て!!」
シスカは拳銃を向けた。
「そこから一歩でも動いたら撃つぞ」
セーフティを外した。ジゼルお嬢様を守るためなら俺は撃てる。約束したんだ、俺は――。
だが、ロバートンはジゼルのくるまった布団をわざとシスカ側に担いでほくそ笑んだ。これでは弾がジゼルに当たるかもしれないのである。
その余裕の表情にキッと目を吊り上げたシスカだったが、
「危ないであります!」
次の瞬間隣にいたマチルダがシスカを庇うようにとびかかってきた。
シスカの上に覆いかぶさっているマチルダの目線の先には、地面に埋まっている銃弾が煙をあげていた。
硝煙の匂いがして、シスカが冷静に辺りを見渡すと暗闇から何人も仮面をつけた男が現れた。
気づいたら10数人もの男たちに囲まれていた。
上からも男たちが俺たちを見下ろしている。
「まだ上にもいたんでありますね」
マチルダは、鋭い瞳で頭上を見上げた。
シスカは、そのマチルダの表情が笑顔でドジないつものマチルダとは違うように感じた。眼鏡をかけていないだけでこうも違うのだろうか、それとも頬の傷のせいか。
マチルダの全てを目だけで射殺すようなその瞳に映るのは、守りたいものに害をなす者たちだった。
本当は、自分の本当の姿をマチルダはシスカに見せたくなかった。
だからやたら別行動をとりたがっていたというのに。
だがこんな状況になってしまっては仕方ない。
マチルダはゆっくりと立ち上がった。シスカもそれにつられるように立ち上がる。
「マ、マチルダさん・・・?」
マチルダは、自分の肩からかけていたバックをシスカに無言で手渡した。
「動くな、そこから1歩でも動いたら撃つぞ」
仮面の男たちは形勢逆転したといわんばかりの余裕を見せていた。
先ほどのシスカと同じことをほくそ笑みながら言われたので、マチルダはフンと鼻をならした。
「何がおかしい?」
マチルダは、メイド服のボロボロになったスカートに手をかけた。
「1歩でも動いたら撃つぞ、だと?」
マチルダは、そういってワンピースのメイド服をばさりと脱ぎ捨てた。
「やってみろ」
マチルダは、メイド服を脱ぎ捨て黒いスポーツブラに黒いショートパンツという格好になった。太ももには銃ホルダ―があり、銃が何丁か装備してある。
マチルダの姿に周囲の男たちは驚愕した。それはシスカも同様だったが、それは彼女の恰好か、それとも全身に無数にある傷になのか――。そう、無数の傷。
笑顔が可愛らしくてドジで穏やかなマチルダの全身に刻まれた痛々しい傷。そのせいで夏でも肌を見せなかったのかと納得のできる程の傷だった。
マチルダは、振り向き様にシスカから肩掛けカバンをひったくると、相変わらず鋭い目つきでシスカを見つめた。
その時のマチルダの瞳は、いつものマチルダの影もないような厳しい眼差しだった。
「マチルダさん・・・?」
「私が男たちを排除する。シスカ殿はジゼルお嬢様のところに突っ走って」
マチルダは、シスカの肩をがしっと掴んだ。
その手は、シスカにジゼルを託す力強い手だった。
「排除するって・・・こんな大勢の男たちを」
「問題ない。庭の掃除は上手くできないが、人間掃除は得意なんだ」
マチルダは、太ももについている銃を2丁手にした。
「行けッ!!!!!!!」
そのマチルダの言葉にシスカは蹴飛ばされるように、ジゼルの元へと走り出した。
マチルダは、ジゼルの元へと走っていくシスカを見送りながら服を脱ぎ、徐々に沸々と沸騰していく血がドクンドクンと心臓に流れていくのを感じていた。
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