第10話 私の宝物 *ミシェル視点

 お嬢様がニコニコと笑って鼻歌まで。こんなお嬢様は幼いころ以来ですね。

 お屋敷では常に気を張っていました。それもあのクソ公爵家と無能王太子のせいで。

 だから今のお嬢様のお姿は懐かしいと感じると同時に、ようやく取り戻すことができたと感激しています。泣きそうです。

 しかし、私は万能メイド。涙を見せることは致しません。

 それにしても本当にうれしいのですよ。念願かなってお嬢様の本物の笑顔を見ることができたのですから。




 ◇◇◇




 私は元々孤児でした。王都のスラムと呼ばれる場所で、幼いながらも一人で生きていました。

 そんなことができたのは私に前世の記憶があったからでしょう。

 私は違う世界のとても平和な日本という国のOLでした。毎日終電まで残業し、休日にも出勤することもあるようなブラック企業で働いていたせいか、いつの日か過労で倒れ、そのまま病院で息を引き取ったようです。


 気が付くと私は王都の端っこでひっそりと暮らす平民の少女になっていました。

 前世の記憶を思い出した頃はまだ両親もいたのですが、数か月後には流行り病で亡くなりました。

 それからはスラムで生き延びることに必死でした。何より前世との生活レベルの違いに戸惑いながらなので大変でした。


 しかし、幸運にも私には特殊な魔法がありました。「創造魔法」というものです。

 魔力を消費して物を生み出すものです。……普通なら。

 私は前世の知識でいろいろなものを作りました。

 まずはじめに創造したのは「鑑定」というスキルです。これによって人やモノを見分けるようにしました。悪い人には関わらないように、そして高価なものを見つけられるように。

 スキルが造れるのであれば魔法なども作ることができると思った私は魔法スキルを作り、オリジナルの魔法を作り出していました。魔力の許す限りに。


 そんなある日、私が特殊な力を持っていることが見つかってしまい、明らかに悪そうな男たちに追いかけられることになりました。

 おそらく魔法が使えれば簡単に逃げることができたのでしょうが、運悪く創造魔法で魔力が空っぽの状態でした。むしろその時を狙っていたのかもしれません。

 私は逃げ回りました。スラムだけでなくそれこそ王都中を。

 人の多い王都の中を小さな女の子が逃げ回っているというのに、周囲の人間たちは誰一人と助けようとはしませんでした。

 当然ですね。スラムの人間と関わるような人なんて存在しません。


 ――お嬢様以外は。


 貴族街の近くに来た時、私は体力の限界で倒れてしまいました。

 男たちもそこまで来ているというのに私は立つことができませんでした。

 周りにいた人たちは私を哀れな子供を見るような目で見ていました。

 悔しかったです。力があるのに何もできない自分が。

 悲しかったです。誰にも手を差し伸べてもらえない自分の存在が。

 どうして私が、と何度も思いました。私がこんな目に遭う意味が分からないと何度も。


 そんなときお嬢様は現れました。

 その場にいた誰よりも幼くて、誰よりもきれいな服を着ていた小さな女の子が、倒れ伏している私に駆け寄ってきました。

 そして一言だけ。


「――もう大丈夫だよ」


 それからお嬢様の付き人が男たちを捕らえ、私を屋敷まで運んでいきました。

 屋敷に向かう間、お嬢様は付き人にお説教を受けていました。

 いきなり飛び出すなんて危ないし、余計な事に関わるのは良くないと。

 しかしお嬢様は。


「困っている人がいるのなら助けるべき。それにこんなに小さな女の子よ。私よりも大きいけど。それなのに関わるなっていう方が良くないわ。仮にも私は公爵家の娘よ。王家を支え民を庇護する立場の人間よ。それが民を見捨てるなんてありえないわ」


 そんなことを無邪気な笑顔で言い切った。

 とても貴族の人間とは思えなかった。私の偏見かもしれないが、前世にあった小説でも貴族は傲慢で自分以外がどうなろうと構わないと思っているような人たちだと思っていました。


 それから私のことはお嬢様が責任を取ると言って、屋敷で引き取ってくれました。

 魔力と体力が回復するのに時間がかかりましたが、私が完治したらメイドとしてお嬢様が雇ってくれました。

 この頃からお嬢様は公爵家の嫌われ者として一人で頑張っていました。

 私より小さい女の子が、その酷い環境を嘆くことなく抗っていました。

 その姿を見て私は、純粋にこの子の支えになりたいと思うようになりました。


 それから何年か月日が経ち、お嬢様の専属侍女となった私は秘密を打ち明けることにしました。

 私が前世の記憶を持っていること、「創造魔法」という稀有な力を持っていること。

 お嬢様に隠し事をしたくなかったのです。

 それを聞いたお嬢様は淡々としていました。


「あら、そうなの? それは便利ね。羨ましいわ。なら、ミシェル。その力を使って私をサポートしてくださらない? 新しく商売を始めようと思っているのですが、いいアイディアが思い浮かばなくて。あなたのその知識と力があれば成功する気がしますの。それに何か民の生活が良くなることでも知っているのではなくて?」


 驚くこともなく、何か悪いことに使うでもなく、ただ民のために使おうと。

 この方は誰よりも貴族として生きていました。

 あの窮屈な世界で、自分が利用されているということを理解しながらも、その心は気高いものでした。

 まさに惚れましたね。私の心を鷲掴みしていきました。


 私がお嬢様の専属となってから、私の前では少し気を緩めるようになりました。

 普段に凛とした佇まいはなくなり、ことあるごとに「田舎に引きこもりたいです」と言うようになりました。

 そのお姿はとても愛らしいものでした。眼福ですとも。

 そうしていつの間にかお嬢様といる時間はとても尊いもので、私の宝物のようになっていました。





 ◇◇◇




 経緯は最悪ですが、お嬢様が口癖のようにおっしゃっていたことが現実のものとなりました。

 ほんと、あのクソったれ共には腹が立ちますね。私のお嬢様を何だと思っているのでしょうか。まったく。

 しかしそのおかげでお嬢様は貴族から、普通の女の子に慣れたのです。動物と会話できる力は持っていますが、普通の女の子ですからねっ。

 あのクソったれどもには何か仕返しをしてやりたいところですが、お嬢様の笑顔を見ることができたので、今回は良しとしましょう。


「ミシェル~? コーヒーまだ~?」


 間延びした声が聞こえました。

 お嬢様が待ちくたびれているようです。早急にコーヒーとお茶菓子をお持ちしなければ。


「すぐに参ります」


 もう誰にも邪魔されることはありません。

 お嬢様の笑顔が曇ることもありません。

 これからはこうした時間が当たり前のようになるでしょう。

 私はそれを守り続けていくことを誓いましょう。すべてはお嬢様のために。

 それが私の大切な大切な宝物なのですから――――――――。







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