第2話 神獣

 公爵家の屋敷を出た私たちは、徒歩で王都を出ることにしました。。

 こんな時間じゃ馬車を借りることはできません。それと変に追いかけられても困りますし。

 足取りはなるべく残さないようにします。門を抜けるときは仕方ないとして。

 女二人で歩き旅というのは大変に思うでしょう。しかし、実際はそんなことないのです。

 荷物はミシェルが全部ストレージに保管しているし、変な輩に絡まれてもミシェルがどうにかできます。

 何だかんだ言ってもミシェルは万能メイドなんですから。


「やっぱり、馬車かなんかあった方がいいんじゃないですか。歩くの疲れるし、そのほうが絶対楽ですよ」


 ……。

 ……今のは聞かなかったことにしましょう。大事な事だからもう一度言いますが、ミシェルは万能メイドなんです。覚えておいてくださいね。


「ダメよ。できるだけ私たちがどこに向かったかを知られないようにするのよ。馬車を借りたら、目的地を教えなきゃならないじゃない。だから少し我慢して」


「……どうせ追手なんていないと思いますけどね。お嬢様がそう言うなら、私は従うだけですよ~」


「私もそう思いたいけどね。あの人たちのことだわ。どうせ外聞を気にして私を亡き者にしようとか考えるかもしれないでしょう。警戒しておくに越したことはないわ」


 もしかしたら、暗殺者か盗賊を雇って私を襲わせる可能性もあります。

 そういう人たちだから。

 貴族街を抜け、平民街に出る。メインストリートを通って行けば門まではすぐです。

 それにしても、やはりここは活気がありますね。もう夜も遅いというのに。

 大衆酒場は多くの冒険者で賑わっています。こういうお店には入ったことないので少し気になりますわ。


「お嬢様はこういう店には行っちゃダメですからね」


「どうして? 私はもう貴族ではないのだからいいでしょ」


「ダメですよ。お嬢様みたいな絶世の美女がこんなところに来たら大変な事になります」


「絶世の美女って……少し言い過ぎではなくて?」


「そんなことないですよ! お嬢様はご自分の魅力を自覚してください。そのつやつやでサラサラな光る金髪も、猫のようなクリンとした目とルビーのような瞳、すいつきたくなるようなプルプルの唇、凛とした雰囲気なのにどこかあどけなさを感じる顔立ち。いいですか? 私のご主人様であるユミエラお嬢様は最高に可愛いんです!」


「ち、ちょっと、落ち着いて。興奮しすぎよ。それに少し怖いわ」


「いえ、お嬢様の魅力をお伝えするにはまだまだ足りないです!」


「もうわかったから。ほ、ほら、大門が見えてきたわよ。だから落ち着きなさい」


 興奮したミシェルを宥めながら視線を前方に向ける。

 ここ王都のメインストリートと直結した入り口、クィンサスの正門。

 正門というだけあって、衛兵と騎士団の寮が隣接しています。

 なのでここで問題を起こすとすぐ捕まることになるから注意しましょう。


「ほら、ミシェル」


「わかっていますよ。お任せください」


 ミシェルが門衛と交渉して、こっそりと抜け出す。

 幸いまだここまで情報は回っていないだろうと予想しています。


「お嬢様、成功です。行けますよ」


 さすがですね、ミシェル。

 だから言ってるでしょう。ミシェルは万能メイドなんですって。(三回目)

 それにしても早かったわ。何を言ったのかしら。

 大門を開くことなく、衛兵が使う小さな門を通していただきました。

 何事もなく王都の外に出ることができてホッとしました。

 もしかしたらならず者は雇っていないのかもしれませんね。安心です。

 しばらくは街道を道なりに歩いていくだけなので、ミシェルとたわいのない話をしながら進みます。


「そういえば、ミシェル。交渉が早く終わったのは良かったけれど、何を話したの?」


「特に何か話したわけじゃないですよ。単に魔法でちょっとした催眠をかけただけです」


「いや、それは……いいのかしら」


「まあバレなきゃ問題ないですね。宮廷魔導士長でもわからないと思いますよ。それにもう催眠は解けているはずですから」


「あまり危ないことはしないでね」


「大丈夫ですよ。何があってもお嬢様だけは守ってみせますから」


 そう言ってくれるのはうれしい。でもミシェルが傍にいてくれるからこそなんだから。

 これは直接は言いません。調子に乗られても困りますから。


「……お嬢様。少し止まってください。何かいます」


「……何かしら」


「今確認します。〈サーチ〉」


 ミシェルが魔法を使う。

 この子の転生特典てずるいのよね。彼女が教えてくれたけれど、チートって言うそうです。

『創造魔法』って言ってました。魔法でも物でも、生物以外なら基本何でも作れるそうです。


「わかりました。人が数十人いました。全員倒されていますけど」


「倒されている? どういうこと?」


「それは見ればわかります。行きますよ」


 ミシェルが先導していくのでついていきます。

 だんだんと何かのいるの気配を感じるようになってきました。

 というか、威圧感すら感じます。この感じって……。

 私もわかりました。しかし、どうしてこんなところにいるのかしら。

 周辺は死屍累々たるありさま。どうやら息はしているようですが。

 中心には、白銀の見るからにふわふわした毛におおわれた虎。尻尾は白と黒の縞模様で愛くるしさを感じます。

 この国の守護獣として讃えられている、神獣白虎です。


『待ちわびたぞ。我はすべてを知っている。故に言葉は要らぬ』


「え~と、つまり?」


『我も共に行くぞ。この国に用はない』


「あなたが用はなくても、この国の人たちは困るのでは?」


『汝のおらぬ国なぞ退屈に過ぎる。先に言葉は要らぬと申したが」


「ダメです。必要です。相互理解に一番大事なのは言葉です。なのでちゃんと理由を説明しない子は連れていきません」


『ぐぬぬ』


「神獣にそんなこと言えるのってお嬢様だけですよね~。しかもぐぬぬとか言ってるし」


 仕方ないでしょう。大事なことなのですから。

 それに言葉を話せるのだから、会話をするのは当然です。

 ついでに言うと、この子我とか汝とか言ってるけど本当は……。


『……ユミエラがいないとつまらない。だから僕もつれていってほしい』


 生まれたばかりの子供神獣なのです。しっかりと教育しないといけませんよね。

 ちゃんと言えた子にはご褒美です。撫でてあげましょう。

 気持ちよさそうに目を細めていますね。


「お嬢様の前では、神獣もただの虎ですね……」


 ミシェルのつぶやいた言葉はこの際無視しましょう。

 私はその場でしばらく神獣を撫でまわしていた――。







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