仄暗いアパート

武田修一

「出て行って」


 ドン、と体を押されて、玄関の外に追い出される。尻餅をついた俺の横に、適当にまとめられた荷物が放り投げられる。何枚かの千円札が俺の前を舞う。彼女が投げたのだと気づいた時には。


「二度と来ないで」


 冷たい声が降る。バタン、と無情にもそのドアは閉められた。

 ぽかん、としていても、このドアはきっと開かないだろう。情けなく泣いたって、彼女の気持ちは離れて言ってしまっている。

 散らばったお札を惨めに拾って、荷物を背負ってマンションを去った。


 □


 さて、現在無職の俺である。手元には数千円しかない。しかもこれは彼女がくれたやつで。どうしたものか。視界の端にきらびやかな店がちらつく。

「あ」

 それを見た瞬間に、ジャラジャラという音がした。幻聴ってやつだろうけど、ともかく聞こえたんだ。そしてふらふらとそちらへ行く。

 さきほど脳内で鳴り響いた音よりも大きい音を聞きながら、店内へ入った。煙くさい喫煙所を抜けて、ギラギラと光り、ジャラジャラと音がする台を眺めながら、吸い寄せられるように奥の席へと座る。目の前の台は、デモ画面が流れている。横に人はいない。俺の感覚が言っている。この台は確実に当たると。

 少ない札を投入口に入れていく。彼女からもらった手切れ金のようなものだけど、これは俺の生命線でもあった。それを躊躇無く、といえば嘘になるが、少しだけ手を震えさせながら、突っ込んで、玉に換えていく。

 ジャラジャラジャラジャラ。

 少しだけハンドルをひねり、打ち出された玉は、狙ったとおりに真ん中へと入り込んでいった。液晶上で数字が勢いよく回っていく。開始五分も経たないうちに数字が揃う。

「きたきたきたっ」

 ビカビカビカビカッ、と台がこれでもかと光る。液晶には大きく大当たりという表示も見える。

ジャラジャラジャラジャラ。ジャラジャラジャラジャラ。

すぐに上の皿は満杯になり、下の皿へと移っていくがすぐに満杯に。ドル箱に玉がたまってく。店員を何度か呼び、ドル箱を積んでいった。



「お金も入ったし帰るか。…………あ。二度と来んなって言われたんだっけ……」

あの冷たい目と声を思い出すだけで少しだけブルってしまう。それでも今なら、大丈夫なのではと思って、スマホを取り出して、電話をかけた。

トゥルルル、トゥルルル……プツッ。

やっぱりというかなんというか。着信拒否をされている。マンションまで戻ったら、警察を呼ばれてしまうかもしれない。彼女の元へ戻るのは諦めよう。しばらくはこの金で数ヶ月くらいは持つだろうし。それより、眠る場所を探さなきゃな。

スマホで不動産屋を検索すると、すぐ近くに一件あるのがわかった。即日で住めるとこあるかな。

トゥルルル、トゥルルル……、カチャ。

『お電話ありがとうございます、立川不動産です』

さきほどとは違い、すぐに電話がつながる。当たり前のことだけど、思わずほっとしてしまった。要件を伝えて、向かってもいいかどうかを聞く。混んでいるなら他にしようと思ったからだ。相手は大丈夫ですよ、と言ってくれたのですぐに向かうことにした。



「こんにちは~、さっき電話した加藤ですけどぉ」

「はい、加藤様ですね。こちらへどうぞ」

案内された席へと座る。机の上には、三枚の紙が置かれていた。それぞれ物件の用紙のようだった。

一枚目は、1Kで、家賃は二万二千円で駅から徒歩五分。二枚目は、1Rで、家賃は六万五千円。こちらは大学が近いからうるさいかもしれない。三枚目も、1Rで家賃は二万五千円。駅から多少離れている。値段として見れば、一枚目がいいかなと思うけど、和室の4.5帖で風呂なし。論外だ。毎日銭湯通いは正直面倒だ。二枚目は確実にない。大学に近い上に、家賃も六万を超えてくる。となると、残るは最後の物件しかない。

「うちで取り扱ってる物件ですと、即日入居できるのは、今のところこれぐらいしかご案内できるものがないんです。……いかがいたしますか?」

「ここの物件、内見したいんすけど」

「…………。ご案内します」



「うわ、ぼろ…………」

思わずこぼれた言葉も、隣にいる男はスルーして、こちらです、と淡々と案内してくれる。階段を上る音もなんだか不穏で、ギィギィ、と軋む。

ドアもなんだか古くて、力加減を間違えたら金具が外れてしまいそうで。なんだここ、やめようかな、なんて思っていたが。

「おおお、中は綺麗なんすね!」

「そうですね、一度中だけリフォームしましたから。トイレも和式じゃなくて一応洋式ですよ。まあ部屋は和式になりますが」

「へぇ~!あっ家具つきなんすかここ?」

「前に住まれた方が置いていきまして……数日前でしたのでまだ撤去ができてなくて」

「撤去なんてしなくても。俺が使いますからそのままで!いやぁ、ここいいですね!ここにします!」

「ありがとうございます、では契約書の方を…………」


後はとんとん拍子で話は進んでいって、なんとか無事に部屋を借りることに成功した。

これでしばらくは安心だ。家具も最低限は揃ってる。最高だ。

さあ寝よう。足りないものは明日買お。時間だけはたっぷりあるんだから、ゆっくりでいいや。

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