第69話 蒼竜

 蒼竜はエルフの指示通り、イスラの城下上空をゆっくりと旋回しながら上がっていき、羽をゆっくりと動かして風の渦を作っていく。それが魔法なのか、自然の風を巻き起こし操っているだけなのかはわからなかったが、確実に風はイスラを超えて海に向かって流れて行った。



 蒼竜の姿は、イスラの多くの民が目撃し、後々まで守護竜として語り継がれるだろう。


 それくらい、その姿は美しく圧巻だった。しかも、城壁から放たれる浄化の光は神々しく、月の光とまごうものだったので、どこからともなくこの蒼竜は聖女の使い魔という事になってしまった。



 正直、瘴気の8割は私が浄化したと思うのだが、それに気づいている者は魔術師をもってしても数人だったと思う。


 帰ってから、しみじみとライトが言った。

「アリスの魔法って、凄すぎてかえって地味だよね。あ、もちろん褒めてるよ。絶対に敵に回したくないし」


 それで褒めてるんかい!


 蒼竜が静かにホバリングしながらエルフの横に降りて来た。

 上空の瘴気が消えたのだろう。


 城壁から見える瘴気もあと僅かだ。

 ルークも皆の結界を解いている。

 後はリリィ様に任せても大丈夫そうだ。とアランのもとに駆け寄る。


「アリス、私はもう少しリリィ様と一緒に瘴気を浄化するから」

 アリシアに声をかけられ振り返ると、なんだか先ほどよりそわそわして落ち着かないようだ。

 話って何だろう。


「話し今聞いた方がいい?」


「ううん、落ち着いたら店に来て」

 アリシアは首を横に振ったが、今すぐ聞いた方が良いのではと思うくらい戸惑っているようだった。

 しかし、これ以上聞いてもきっと話してはくれそうもない。私は、アランのもとにかけて行った。


「アラン! 大丈夫?」

 アランは真っ青な顔をしてはいたが、起き上がりライトに肩を借り立っていた。

 凄いな、弱っているイケメンって色気がだだ漏れ。


 私が心配そうにのぞき込むと、ちょっと意地悪く「こんな大事に巻き込まれると思わなかったので、油断した」とルークを見た。


 いつもならここでアリシアが庇ってくれるのだが、今回はやっぱり全部油断した私の責任だ。

 アランの痛々しい姿に、また、涙が出そうになる。


「そんな顔をするな。この怪我はアリスのせいじゃない。油断した俺が悪い。だが、これ以上いろんな奴を引っかけて来るなよ」

 わしゃわしゃと髪を撫でられて、アランの顔を見ると少し拗ねているようだった。


「アラン、私のことはもう絶対にかばったりしないで。私はどんなことがあっても大丈夫だから」

 死んだって、どうせ転生するだけだ。アランがこの世界で生きていると思えば、違う世界であっても私も生きていける。

 でも、アランが死んでしまったら、たとえ次の世界で別のアランがいるとしても、探しだして会う勇気がでない。

 今のアランは一人しかいないのだから。


「アリス、今考えていることと同じことを俺も思っている。だから、何度でも俺はアリスを救うから。俺を死なせたくなかったら少し自重じちょうしてくれ」

 自重って、何をよ……。


 ふくれる私をアランは愛おしそうに見て笑った。

 この笑顔って親愛の情よね。

 妙にドキドキと胸がなる。


「ちょっとそこのお二人さん、子どもみたいなやり取り見せつけてないで、今はもっと大事な話があるでしょ」

 レオンが何故か馬に乗り、疲れ切った様子で声をかけてきた。


 ?


 アレキサンドライトのおかげで、魔力を他人に注いでもダメージないんじゃなかった?

 不思議そうにしている私の様子にレオンは呆れたように説明してくれた。


「兄上にそそのかされていた魔術師たちを捕らえていたんですよ。浄化が成功するとわかった途端逃走をはかった者は残らずね」

 へー。やるじゃんレオン。


「そんなことより、事情をゆっくり聴きたいですね」

 そう言うと、レオンはルークとエルフ、そしてその横にいる蒼竜に視線を送った。


 エルフは地面に片膝をつき、持っていた短剣を差し出し地面に置いた。

 どうやらこれ以上は戦う気はないという意思表示らしい。しかし、こいつのことだまだ剣を隠し持っているかもしれない。


「今回の件、魔王様は一切かかわっておりません。全て私と第一王子殿下とで計画を立てました所存です。罰ならいかようにもお受けします。ただ一つお聞きしたいことが……私がこのようなことをしでかした理由にもなります」

 エルフは下げていた頭を上げレオンに向き直った。

 緊迫した空気が、将軍や騎士、魔術師の間で流れているのが分かる。

 瘴気が去った今、敵は目の前にいる。


 皆、エルフの行動をかたずをのんで見守っているが、それ以上に蒼竜の前に真っ赤な髪をなびかせて立つ、魔王に視線を奪われている。


 レオンは口出しする気がないのを確かめるように、チラリとルークを見た。

 ルークは我関せずと言った顔で、エルフを見下ろしている。


「話を聞こう」

 仕方ないとばかりにレオンは腕組みをした。

 エルフはともかく、魔王を王宮に連れて行くわけにいかない。


「ありがとうございます。恐れながら殿下、今からお話しすることは、両国にとって公にできる話ではございません。人払いをお願いしたい」

 レオンの眉がピクリと上がったのを私は見逃さなかった。


 このエルフ死にたいのか?

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