第67話 アラン身代わりになる
「お前はそんなもののために、俺を裏切って花嫁を人質にしているのか?」
花嫁じゃないから。
「花嫁? それはどういう事だ?」
レオンが変なところに食いつく。
今それの説明どころじゃないし。
声出ないし。もう不便すぎる。
私が眉をしかめると、結界の外で誰かが叫んだ。
「アリス!」
それと同時に、一瞬結界が弛み、瘴気と共に将軍と騎士が流れ込んでくる。
アリシア?
結界を張っていたアリシアに何かあったのか? とキョロキョロ辺りを見回すと、すぐに別の結界が周りを囲んで張られた。リリィ様がアリシアの代わりに結界を張っているようだった。
アリシアは座り込んで唖然とこちらを見ている。
ん?
ルークを見てるの?
考える時間もなく。
ライトが目の前に現れ、ルークに剣を振り下ろす。
「恩を仇で返す気か!」
「ライト、ちょっと待て!」
アランが制止するが、間に合わない。
ルークは手を少し上げただけで、ライトの攻撃を弾き飛ばし、ライトの本気の一振りをいともあっさり受け流した。
「小僧どいてろ」
将軍がライトに声をかけ、続けざまに打ち込む。
それに続き、騎士もルークを取り囲む。
レオンは事態を収拾しようと騎士に指示を出している。
アランも、ライトに気を取られながらも、エルフに襲い掛かる騎士に、待機するよう声をかけているが、いきり立った騎士は制止を聞かずにその場は混乱していた。
「どいつもこいつも、俺の邪魔をしやがって」
第一王子がゆっくりと立ち上がった。
それは一瞬の出来事で、偶然としか言いようがないタイミングだった。
剣を振り上げもせず第一王子がゆっくり私の正面に現れ、まっすぐに剣を突き刺してきた。
誰もが、第一王子の動きに気づき目を見開いたときには、剣先は私のすぐそこまで迫っていた。
刺される!
声も出せずにギュッと目をつぶる。
エルフが私を庇う様に身を乗り出し、私を囲い込んだ。
え!
「「うっ」」
唸り声と同時に、私をつかんでいた手が離された。
今度は、前に倒れないように、足に力を入れすぐに振り返る。
「アラン!」
エルフの前に何故か腹を剣で刺された、アランが立ちはだかっていた。その後ろに、アランを突き抜けた剣先にわき腹を刺されうずくまるエルフがいる。
慌てて、アランの身体を支えるが、長身の身体を支えることができず、ゆっくりと膝から崩れ落ちる。
「アラン、しっかりして」
思わず剣に手をかけて抜きそうになるのを、レオンが大声で「抜くな!」と制止する。
声の方を見ると、何故か、ライトがレオンに剣を振り上げており、その後ろには第一王子が倒れている。
「殿下どけてくれ、こいつ殺す!」
ライトが歯ぎしりして、レオンに食って掛かる。
「今は、我慢だ」
「ライト、リリィ様を連れてきて!」
リリィ様が呆然とこちらを見ている。その横にアリシアが駆け寄り、何か話しかける。それから気を取り直したようにこちらに駆けてくる。
リリィ様の代わりに、またアリシアが結界を張る。
ライトが、リリィ様を守るようにアランのそばまで来ると、真っ青な顔を覗き込む。
「大丈夫だから」
今にも死にそうな声で、アランは私を見て微笑もうとしたが、痛みのためか顔が歪む。
「大丈夫じゃないから、しゃべらないで」
私は必死でアランの身体を支えたが、アランの身体から力が抜けていくのを感じた。
「リリィ様。大丈夫よね」
懇願するように絞り出した言葉は自分でも驚くほど震えていた。
涙がぽろぽろと頬を伝って落ちていく。
アランがいなくなったらどうしよう。
「なんで私なんか庇うのよ……私なんて死んだって大丈夫なのに……」
泣きじゃくる私の肩をレオンが優しくふれる。
「代わるから、君じゃアランを支えられないだろ」
私とレオンが入れ替わるのを確認してリリィ様がライトに剣をゆっくり抜くように指示する。
「では、剣を抜いてください。私は少しずつ傷口を治癒していきますから」
「そんなこと可能なのか? 血が溢れて来るんじゃない?」
「大丈夫」
一言短く答えると、リリィ様の手が光り輝いていく。
ライトはそれを見て、覚悟を決め両手でゆっくりと剣を引き抜き始めた。
そのとたん、ゴッボっとアランが血を吐いた。
アランの顔は真っ青で今にも死んでしまいそうだった。
私は悲鳴を上げそうになるのを何とか耐えて、アランの手をギュッと握りしめた。
「アリス、申し訳ないがそこのエルフの止血をしてやってもらえないか、今こいつを死なせるわけにはいかない」
顔を上げると、ルークが私を見つめていた。その横に将軍も剣を持ったままこちらを見ている。
誤解が解けたのか、休戦なのかはわからない。
第一王子は、何故かダイナス様に取り押さえられ猿ぐつわをされこちらを呆然とみている。さっきの威勢はどこへいったのか、真っ青な顔をしている。
私は最後に、アランの横でわき腹を押さえ横になっているエルフを見た。
彼が咄嗟にかばってくれたおかげで私は刺されずに済んだのだ。
何故?
散々、悪者ぶっていたくせに。最後の最後で助けてくれるなんて、何がしたいんだこいつは。
「アリス、言いたいことはわかっているから……やったことの償いは必ずさせる」
私は、アランが息をしているか確認してから、そばを離れた。
「この腕輪のせいで、魔力が封じられているの。なんとかできる?」
ルークの顔の前に腕を突き出し聞いてみる。
「これは厄介だな。どこからこんなもの持ち出してきたんだ」
「王家の秘宝だって言ってた」
「それじゃあ、国王が外せるだろうが……もしくは聖剣で叩き壊すか」
国王がとてもここに来てもらえるとは思えないし、勇者であるライトは聖剣を持っていない。
「何故こんなことをしたのか聞き出したかったが、仕方ない自業自得だな。それよりも、魔力が使えないのでは、この瘴気をどうすることもできないのか」
ルークは裏切り者のエルフを見放す口ぶりだったが、それは真意ではないことが伝わってくる。
裏切り者なのに見捨てられないのだろう。
「僭越ながら私がその腕輪、壊してみましょう」
名乗り出たのは、将軍だった。
いくら将軍と呼ばれていても、聖剣じゃないと壊せないなら無理なのでは?
「ご心配はいりません。これは20年前の終戦時王妃陛下より賜った聖剣でございます」
にっこりとしわの深く刻まれた顔でほほ笑んで、将軍は私の前へと進み出た。
誠実なまなざしは嘘を言っているようには見えない。
「わかった。試しにやって」
将軍を信じていないわけじゃないけれど……私はチラリとレオンを見た。できれば私よりこの国の王子であるレオンから試してほしかったが、レオンはアランの身体を支えてくれている。
私の腕を切り落としても、何の得にもならないし大丈夫よね。
おずおずと腕を差し出すと、将軍は側にいた騎士に私の腕を支えて持つように言った。
「では」
と将軍は一言つぶやくと、剣を大きく振り上げた。
こんな時何処を見ていたらいいのかわからなくて、両目をつぶる。
ヤァ!
掛け声と同時に、腕に衝撃が走り、
ゴン、と鈍い音がした。
痛みはない。
そっと、目を開けると割れいた腕輪を支えてくれていた騎士が落ちるのを受け止めていた。
外れた!
将軍さん凄い! 勇者より役に立つってどういうこと?
私は自由になった手を開いたり握りしめたりして感覚を確かめた。
「私の治癒じゃ、傷口をふさぐ程度だけど」
そっとエルフの傷口に手を当てると、苦しそうな速い息遣いが落ち着き、額の汗も引いていった。
痛みはだいぶとれたはずだけど、これが限界だ。
手を放そうとすると、エルフが私の腕をつかんで何かを言った。
かすれた声でよく聞き取れない。
口元に耳を近づけると「私が死んだらルーク様のためにこの薔薇を壊してほしい」そして握りしめていた薔薇を私に押し付けた。
ルークのため?
聞き返そうとしたが、エルフはそれきり気を失ってしまったようだった。
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