第66話 エルフの本当の目的

「これは一体どういうことだ?」

 第一王子に詰め寄られエルフは、手のひらの枯れ果てた花びらを見下ろした。


「これは期待外れだったということですね」

 淡々と言うと、エルフはさらに続けた。


「殿下、残念ですが人には器というものがあります。殿下は選ばれし者ではなかったという事です」


「貴様……」

 そう吐き捨てると第一王子は思い切り、エルフの頬を平手で打った。

 バン! という音とともに綺麗な陶器のような肌がピンク色に染まる。


 何やら仲間割れが始まったようで、何とか逃げ出せないかと、エルフの隙を伺うが、掴まれた腕の力は全く微動だにもしない。それどころか、動くたびに短剣が喉に食い込む。


「私も残念です。ですが王家には、もう一人選ばれしものになれるお方がいる。私はどちらでも構いませんので」


「お前、約束はどうなってもいいのか!」

 第一王子は持っていた薔薇を地面に叩きつけ、足で踏みつけようとする。

 しかし、振り上げた足は薔薇を踏みつけることなく下ろされる。第一王子の足には、私の首に当てられていた短剣が刺さっている。


 うずくまる第一王子の横を、エルフはゆっくりと薔薇を拾い上げると、首を傾けてつぶやいた。



「約束ですか……」

 エルフはちょっと考えるふりをして、視線をレオンに移した。

 そして、再び私の首に短剣が当てられる。

 あんた、いったい何本短剣隠し持ってるのよ。


「レオン様はこの薔薇の本当の力を知っていますよね。妃の子であるあなたが、皇太子になることなく育てられた理由を」

 不敵に笑うエルフは何もかも知っているようだった。


「どうです? この薔薇と引き換えに私と手を組みませんか? もちろんアリス嬢も開放します」


「俺は罪人と取引などしない。それに、兄上を敵に回した今、お前に逃げ道などない。おとなしくアリスを開放しろ」


「それはどうでしょうか?」

 余裕の笑みを浮かべて、エルフは頭上を見上げる。

 そこには青く輝く竜がいた。


「蒼竜……」


 凄い! 竜だ。しかも青いし。


 喉の短剣を忘れてしまうほど驚いて、口を大きく開けて呆けてしまう。

 しかし、驚いたのは私だけのようで、第一王子は剣を抜きエルフに襲い掛かる。


 エルフは「ネズミは動くな!」と叫ぶと薔薇で剣を払う。

 ガン! と、とても剣と薔薇があったったとは思えない音が響き渡る。


 ネズミって誰? アラン?

 すかさずレオンも剣を振り下ろす。

 エルフはそれを私の首に当てていた短剣で受け止める。


「アリス離れろ」


 ガッツリと組みひしがれていた腕が急に離れて、私はバランスを崩し、前に倒れてしまう。

 それを、受け止めてくれようと何処からともなく現れたアランが両手を広げた。


 が、寸での所で蒼竜が割って入る。


「アリス!」

 アランに伸ばした手を止めることができず。

 勢いのまま蒼竜に体当たりしてしまい、なんと口ばしで持ち上げられてしまう。

 ゲッ、餌じゃないんだから。

 私は蒼竜の口ばしに咥えられながら、冷静に見守っていた。

 と言うか、なすすべがなかった。


 戦いの中、瘴気はより一層増え。少しずつ城壁を乗り越えている。私たちの周りには、アリシアが結界を張ってくれたので、瘴気も他の人間も入れないようだ。


 第一王子や、レオンも魔力量は多いので、瘴気に当たるわけにいかないと判断されたのかもしれない。


 勝者はエルフだった。


 当然だ、第一王子はそもそも弱っちいらしく。レオンは私と同じで魔力封じの腕輪をされている。

 アランは、私が人質だからか本気度が足りない。

 エルフは満面の笑みで蒼竜から私を受け取ると。

 薔薇を見て言った。


「丈夫な薔薇ですね」

 確かに。

 花びらが散ることなく、相変わらず光り輝いている。

 でも、気になったのは、そう言ったエルフの顔が一瞬曇ったことだ。


 まるで、薔薇が無事なのが気に入らないようだ。


「さて、仕切り直しですね。もうそろそろ呼んでない人も来ちゃうかもしれないので、要件を言うと。イスラの国での人外の開国です。魔族も含めて」


「開国だと?」

 私の知る限り、人外に対して開国している国はない。人間同士でさえ友好国のみの開国なのに、人外に対して開国など前代未聞である。


「お前とは取引しない。それに魔族に開国などできるわけないだろ」


「どうしてです? 魔界は人間を受け入れましたよ。そうですよね。アリス嬢」

 何で私に振るのよ……。


「たしかに、魔界で営業許可もらいましたが……」

 だからと言って、その逆も可。というわけには簡単にはいかない。

 人間と人外では罪悪の感覚が全然違うのだ。根本的な魔力量の差もある。


 私はエルフを横目で見た。そんなことが本当の目的なの?


「お前の本当の目的はそれだけではないだろう。聞こえのいいことを言っているが、それが目的なら堂々と外交で交渉すればいい。わざわざこんなことを企むにはもっと別の目的があるはずだ」


「どうやら、あなたは誰かさんと違い馬鹿ではないようですね。そうです。私の本当の目的は別にありますが、皆さんには関係がない事ですがい」

 エルフはそっけなく言うと、薔薇をレオンに差し出した。


「仕方ないです。では、アリス嬢の命と引き換えに、この花びらを千切ってみてはもらえませんか?」


「お前の目的は宝石か?」

 そう言ったのは、レオンでもアランでもなかった。


「ルーク様。お早いですね」

 エルフは満面の笑みで自分の主を迎えた。

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