第58話 魔力除け


「何か根拠があって言っているんだろうな。憶測だけなら後悔することになるぞ」


 魔王の感情のない声が、魔法石の向こうから聞こえる。


「最近瘴気が頻繁に発生するのは、そちらの裏切り者とイスラ側の裏切り者が手を組んでいるのが原因だ」


「何だと……?」

「瘴気の溜まった古いダンジョンを爆破し地下を通して、魔界に流していたんだ。おそらく、そちらの裏切り者が場所を教え、人間が爆破していた。魔界とダンジョンが地下で繋がっていることは知っていたか?」


「……古い記憶にある」

 代替わり前の引き継がれた記憶という事だろうか?


「なぜ裏切り者がそんなことをするか、心当たりは?」


「ないこともない、だが人間の手を借りる理由がわからない」


「それはダンジョンを爆破するには、瘴気の中、奥深くまで潜らないとならない、魔族には無理だろ。それに、一番の目的はガラスの薔薇だよ。何か変わりはないか?」


 ブツ!


「切られた……まだ肝心の要件を言ってないのに」

 仕方ない、と先を急いでいると、物の数十秒で通話石が光る。


「薔薇がない!」

 やっぱりか。


「何人か心当たりがある。だが、今さらあの薔薇で何かしようと言う奴がいるか?」

 それはこっちが聞きたい。


 魔王には、あの薔薇の使い道に心当たりがるように感じたが、言いたくないのか?


「例えば、魔界が瘴気で覆われた場合、薔薇には浄化作用があるとか……」


「そんな力はない。魔界が瘴気に覆われ浄化できなかった場合、最後の手段として、瘴気を俺の身体に取り込む」

 身体に取り込む? 一体どういうことだ?


「魔族は浄化はできないんじゃなかったのか?」


「ああ、体に取り込んでも浄化はできないから、自分の魔力で中和するんだ。だから、魔力量の少ない魔族は瘴気に当たると、生命の糧である魔力がなくなり消滅する。知らなかったのか?」

 そんなこと知るかっ!


「じゃあ、今回瘴気を吸収すれば、あんたは消滅してしまうのか?」


「いや、これくらいじゃ消滅はしない。だが、相当魔力を消費することは間違いないから、魔界での立場は追われるな」

 サラっと魔王は言ったが、魔界の支配権を他の部族に取って代わられるという事は、相当な屈辱だろう。


 だから、先代の魔王は自分の命を多少削っても、浄化してもらうため女王に薔薇を贈ったのだろうか?


 そこに愛はあったのか、利害なのか今としてはわからない。


「あの薔薇に、魔王を倒す力は?」

 俺は単刀直入に聞いてみた。

 実際薔薇がなくなった今、盗んだ奴は何かを企んでいるはず。


「そんなものはない。先代の魔王の力を俺が引き継いだ時から、あの薔薇には大した力は残っていない」

 魔王側の裏切り者に価値がないなら、人間の方に価値があるという事か。


「具体的にどんな力があるんだ?」


「アリスの持つ魔力除けの力と、もう一人が持つ魔力復活の力しか知らない。もともと薔薇に価値を付けたのは先代だからな」

 さらりと魔王は言った。


「魔力除けとは、魔力の無力化と言うことか? だが転移魔法はかかっただろ」


「無力化か……まあそうだ、先代の魔王が魔法を込めたから、俺の魔法は無効化できないがな。だから城に転移したとき、結界に弾かれなかった。それに魔力除けが有効なのは、魔族が使う魔力だけだ。たぶん、女王が生きていた時代は、今よりずっと人間とは敵対関係にあったんだろう」


 なるほど、浄化に来てもらって逆に魔族に襲われることがあっては困るからな。

 魔力除けの力か――第一王子なら喉から手が出るほど欲しいだろうな。


「話はわかった。頼みがある」


「俺は城下に残った瘴気の処理で忙しい」

 にべもなく魔王は言い切る。


「城下に残っている瘴気の処理も後でリリィが手伝う」


「魔力切れだ」

 声のトーンが気持ち落ちる。

 多少は責任を感じているのか?


「聞いている、今動かせる状態じゃないことも。それを承知でリリィとライトを教会まで連れてきて欲しい」

 俺が言うと、魔法石の向こうから微かにため息が聞こえる。


「薔薇の宝石の力を使うのか――悪いが誰が裏切り者かハッキリしないうちは俺はここを離れられない。だが、飛竜をかそう」

 飛竜ならリリィの負担も少ないし、ライトなら乗りこなせるだろう。


 それにしても貴重な飛竜を貸してくれるなんて、ずいぶん気前がいい。


「それはありがたい」

 礼を言った俺に、魔王はとんでもない一言を投げた。


「そんなことはなんでもない、それより嫁の事は気がかりだ、見つかったら連絡をくれ」


 は! 今何て言った?  嫁?


 いったい誰が誰の嫁なんだ!

 叫び声をあげそうな俺の口を誰かが手で塞いだ。


 アリシアがジトっと睨んで、クイックイっと顔を魔術省のある方に向ける。


 先を急いでると言いたいらしい。

 俺は大声で反論したいのを我慢して、協会の場所を説明した。


「そもそもそのルビーは嫁になるアリスに渡したものだ、それさえ持っていればどこにいても飛んでいけるのに、まったく」

 魔王はさも、余計なことをして、と言いたげに呟いた。


 黙って聞いていれば好き勝手言いやがって、嫁、嫁言うな!

 握りしめたルビーを持つ手が怒りで震える。


「では、魔王様、くれぐれもリリィをよろしく頼みます」

 アリシアが俺の手からルビーを奪い取り、愛想のいい声で言うと俺の事を無視して通信を切った。


「ほら、さっさと第二王子に連絡して」


 そうだ、今はこんなことしている場合じゃない。

 俺は気を取り直し、第二王子に連絡して、リリィの事を頼んだ。その時、アリシアが「アリスもなかなかやるわね」と嬉しそうに言ったのを聞き逃さなかった。

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