第23話 レオン様の決意

「俺は王になるよ」


「ごめんなさい、やっぱり聞かなかったことに」

 私は慌てて立ち上がり、出口に向かおうとしたが――目の前にダイナス様が立ちふさがった。

 藍色の髪と同じ瞳は、吸い込まれそうだった。


「わかっていると思いますが、私は只の平民の留学生です」


 王子相手にこんなこと言う時点で、不敬であり許されないのだが、さすがに王位争いなんて巻き込まれたら命が危ない。


 「平民のクラスメイト以上の関係はお断りです」わかってください、と言う意味で言ったのだが、レオン様は涼しい顔で「無理だね」と冷めたお茶をのみほした。


「まあ、安心して、すぐに王位をどうこうするって事じゃないよ、まずは第一継承権をものにしなきゃね。目的は同じだろ?」心なしか嬉しそうだ。


「同じじゃないです」

 王位なんて全く興味ないし。


「そう?  邪魔な人間が同じかと思ったけど」

 そこですか……。


 押し黙る私の態度に肯定ととったのか、何でも無いことのように、爆弾発言を投げてくる。


「実は入学式の日、アリスと別れてから身元を調査した」


「えっ!?」

 昼寝するって言ってたのに。


「当然でしょ、魔力量を隠して入学し、あちこちこそこそ嗅ぎ回って。まあそれはどうでもいいんだけど」

 どうでもいいんかい!


「なんと言っても、ダイヤの持ち主だからね」

 なんとも面白い結果だったよ。とレオン様は微笑んだ。


「あ、ちなみにスパイは拷問して投獄だよ。突然できた弟君や、追放された公爵令嬢のお友だち大丈夫かなぁ?」

 こいつ、性格悪過ぎ。

 上目使いに睨むと、ふふふ、と楽しそうに肩を振るわせ笑った。


「ごめん、アリスってつい苛めたくなるよね。回りにいないタイプで面白い」


 面白いって……面白いって……この腹黒王子!

 わなわなと震える私に助け船を出したのは、ダイナス様だった。


「レオン、憂さ晴らしはそのくらいにしておけ」

 これって助け船?

 追い討ちよね?


「では、本題で。ダイヤの力って言うのは『征服できない。壊せない』力だと言われている」


 ?


「なにその抽象的な力」

 呆けている私にレオン様が説明してくれる。


「簡単に言うと負けないって事じゃないか?」

 何で疑問系なの?


「ここのシールドみたいな感じじゃないですか?」

 ダイナス様もフォローするが、はっきりしない。


「つまりどんな力かわからないって事ですね」

「まあそうとも言う」

「そうとしか言わないし、それにどんなものかわからない力は無いのと一緒」

 あれだけ勿体ぶっていたのに、はっきり分からないだなんて呆れてしまう。


「手厳しいな。実際ダイヤを持って何か変わった所はある?」

「全くないです。正直、ここのシールドも隠蔽魔法もダイヤをもらう前から、これくらいはできました。魔力量が増えたと言うこともないです」


「ホントに?」

 レオン様は予想外だったのか、腕組みをして考え込んでいる。


「仕方ない、俺も試してみるか、カイも試すか?」

 レオン様がダイナス様を見ると、眉間にしわを寄せた。


「いえ、私はハッキリするまでは、危険をおかせませんので」

 危険? 何をする気?

 レオン様は、立ち上がると私を見て、一緒に来るように促した。

 やっぱり、行き先はガラスの薔薇の前だった。


 前回見たときより輝きをましている?

 光を受け、虹色の輝きを放っていた。まるでサンキャッチャーだ。


「さあ、花びらをちぎって俺の手のひらにのせて」

「これって危険なことだったんですか?」

 ダイナス様は私たちから距離をおいて立っている。


「いや、俺もアリスも既にこの薔薇にさわっているから、危険はないよ」

 私がダイナス様に視線を移す。

 それって、ダイナス様はまださわったことないから、危険かもしれないってこと?


「じゃ、始めてさわったときは、安全が確認できてなかったのですね」

「まあ――。でも、大丈夫かなぁとは思ってたよ。ほら、『許されたものは、その花びらを宝石に変える』と言い伝えられているように、許されるものって、この花園に入れた人間じゃないかな?」


「それだと、ダイナス様もですよね」

「カイは俺と一緒なら入れるけど、一人では入り口が開かない、だから君に頼んだでしょう」

「じゃあ……」

「アリス、とにかく考えるのは後で、花びらを」

 レオン様は私に手を差し出して、ブンブンふる。

 なぜだろう? 待てをする仔犬におやつをあげる気分だ。

 はいはい、わかりましたよ。


 私は左手でそっと薔薇の花を押さえ、右手で一枚慎重にちぎった。

 ふう。


「どうぞ」

 レオン様の手の平にのせる。

 瞬間、光に包まれ、視界が白くなる。


 やった!

 ゆっくりと視界が戻るのがもどかしい。


「これは、エメラルドかな?」

 レオン様は手のひらで輝く宝石を見た。


「でも、グリーンというよりは少しブルーよりじゃないですか? エメラルドとは違うような気がしますが、綺麗ですね」

 全く宝石に縁のない私でも、エメラルドとはちょっと違うような気がする。


「アリス、わかるか?」

 レオン様は食い入るように、宝石を見つめている。

 声が少し震えているのは、興奮しているからだろうか。


「はい、力が溢れているのを感じます」

 何の宝石かはわからないが、宝石からすごい魔力を感じる。


「アリス、手を重ねて」

 私はレオン様の手のひらの宝石を覆うように手を重ねる。

 ギュッと握りしめられ、手をつなぐような感覚に、思わず頬が赤くなる。

 同時に魔力量が増えるのを感じた。


 凄い――。


「うん、俺の魔力が注がれているんじゃなさそうだ。アリス自身の魔力量が増えたんだな。これは凄い力かも」

 手を離すと、レオン様の持っている宝石は普通の宝石に戻っていた。


 魔力はひとに分け与えることもできるが、その場合は、自分の魔力量が減ってしまう。そもそも、治癒など特殊な場合だけだ。


「たぶんこれは『力を増幅させる』力だな。アリス、ロウソクの炎を出せるか?」


「ロウソクですか? まあ」

 何をやらすんだ、と思ったが素直にロウソクのイメージで炎を出す。

 レオン様はそこに宝石をかざす。


「ピンクになった!」

 青緑の宝石はルビーのようなピンク色に輝いていた。


「アレキサンドライトだな」

 名前は聞いたことがあるけど、初めて見た。


「これで宝石には力があると言う事がわかったな。アリスのダイヤも力を持っているはずだ。何かわからないが、注意しておいた方がいい」

 レオン様が真面目な顔をするので、素直にうなずいた。


「という言うことで、今日から仲間という事でよろしく」


 え――っ。

 拒否権はないですか?


「はいこれ」

 レオン様は、一枚のメモ用紙を差し出す。


「城で兄のところに出入りしている取り巻きだよ。学院のことは探れても王宮は難しいだろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る