第22話 秘密の花園 3 その話聞かなきゃよかったです

「さあ、座って。カイの淹れるお茶は完璧だよ」

 何がそんなに嬉しいのか、レオン様はにこにこ笑っている。

 私はガゼボに座り言われるままお茶を飲んだ。


 なんだかこの前来たときより、薔薇がキラキラしているような気がする。

 ダイナス様が手入れしているからかな?


「ねえ、カイはどう思う? やっぱり私の言った通りだろ?」

 ダイナス様は表情を変えず、チラリと薔薇を見た。

 無口な人だな。


「カイはアリスに焼きもちやいているんだよ」

 意味深にクスクスと笑う。

 その無駄に綺麗な顔で、思わせ振りな事言わないで欲しい。

 ダイナス様の回りの空気が、凍った気配がするの気づいているよね。


 ダイナス様、心配しなくても私はこれっぽっちもレオン様には興味ないですから。


「眉間にシワがよっているよ」

 あなたのせいですが、なにか?


「ちょっとからかい過ぎた? まあ、俺としてもこれくらいの意地悪は見逃して欲しいな」

 俺ですか、そんなに打ち解けていませんよね、私たち。


「この薔薇園は、ほぼ時が止まっていたとはいえ、長い間放置されていたから、それなりに空気が淀んでいたし、薔薇も色褪せていてね。ガラスの薔薇でさえ、影が薄かったんだ」

 ふーん。私が来たときは、すごくきれいに咲き誇っていた。


「ダイナス様が端正込めてお世話したんですね」


 フッ。


「カイには手も足も出なかったのさ。どうしたものか、と思っていたらある日を境に見違えるように花が咲き誇るようになった」

 ある日……。


「そう、君が来た日だよ。あのときは本当に驚いたよ。昼寝しようと思ってたら、急に空気が浄化されていくのを感じた。それからみるみる薔薇が輝きを放って、何が起きたのかと歩いていたら、君がいた。不思議だよね」

 どうしよう……フラグから逃げられる気がしない。


「私には全く心当たりありません。偶然と言うことでは駄目ですか?」

 パッとしなかった薔薇園が素敵に変身した。

 誰も損してないし、気にする必要ないのでは?


「偶然か。俺にとっては必然だったよ。今まで覚悟を決められなかったけれど、アリスのおかげで心を決めた」

 それ重すぎなんですが。

 その覚悟聞きたくありません。

 レオンはその言葉の通り、何か吹っ切れたようにさわやかに言った。


「あのダイヤの力を知りたい?」

 ワクワクした、期待いっぱいの瞳で見つめられるが、正直帰りたいです。


「いえ、全然。むしろ知りたくありません」

 私は力強く否定した。出来ればレオン様関係については何も知りたくない。

 レオン様はちょっと目を見開いて驚いた。


「ちょっとショックだな、そんなに拒絶されたことないから、心が折れるかも」

 苦笑いしているが、ショックを受けたようには見えない、それどころかなにか不適な気配がする。


「前にガラスの薔薇が枯れると国が滅びるってのは、おとぎ話だって言ったけど、あながちあの話は嘘じゃない」

 知りたくないって言ったのに。

 ジト目で見るも全く気にする気配がない。


「王女は、魔法使いと一緒にはならず、国のために王家に残った。魔法使いは、愛する王女の意思を尊重し、花びらにさらに魔法をかけたんだ」

 悲恋だったんだ。

 寿命を伸ばす魔力を込めるのも奇跡的なのに、さらにどんな魔法をかけたのだろう?


「気になる?」

 レオン様はもったいつけるように、聞いてくる。

 私は拳に力を込めた。

 どうあっても、話が聞きたいと言わせたいようだ。


「……。」

 レオン様は勝ち誇ったように続きを話始める。


「『王女を国が愛する限り薔薇は枯れない。薔薇は魔を遠ざけ繁栄をもたらす。許されたものは、その花びらを宝石に変える』王家に残る言い伝えは本当だったわけだ」

 王家に残る言い伝えなのに、私に言っていいの?

 でも、いまだに薔薇が枯れていないってことは、王女は生きている?


「王女様はどうなったの?」


「王女は数年後、毒を盛られた」

 こともなげに言うと、レオン様は愁いなしぐさで、髪をかき上げた。


「毒を!  何て事……」


「そう、死期を悟った王女は薔薇を持ち去り王宮から消えた。たぶん、この部屋は魔法使いが王女の死期を止めるために作ったんだろう」

 ファンタジーだぁ……。


「じゃあ、王女は生きているの?」

 生きていて欲しい。


「わからいけど、俺がこの薔薇園を見つけたときは誰もいなかった」


「でも、王女が死んだのなら薔薇は枯れるよね?」


「王女が死んだらじゃない、王女を国が愛する限りだ――おとぎ話のおかげで、民衆は王女を今でも愛している」


「そんな……」


「王家は、魔法使いが王女に言った愛の言葉が、王女の死によって呪いに変わることを恐れた。市井で広まっている物語は王家に都合よく歪曲されているんだ」

 おとぎ話なんてそんなもんだと思っていたけど、なんだか悔しい。


「ダイヤの力ってなんですか?」

 見も知らないけど、国を愛した王女様。その王女を愛した魔法使い――ガリレじゃないよね。そう、祈らずにはいられなかった。

 遠い昔の話だけれど、静かに怒りがわいてくる。

 私は、キラキラ輝きを放っている薔薇を見た。

 まだ物語は終わっていないんだ。


 関わっちゃダメだとわかっている、でも、この悲恋の結末を、レオン様がどうしようと思っているのか聞かずにはいられなかった。


「レオン様の覚悟ってなんですか?」


「聞いたら引き返せないよ」

 ここにアランがいたら全力で止めていただろうが、今はいない。

 たまには必然を助けるのも悪くないし。


「俺は王になるよ」

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