第17話 魔法学院 平民ですが何か?

 魔法学院の高等科の校舎は、煉瓦作りの、どこかで見たことのあるデザインだった。

 どこだっけ?

 あ、そうだ。このレトロ感。


「東京駅だ! ねえ、この学院東京駅に似ていると思わない?」

「そうかもね、あんまり覚えてないけど。それよりもリリィ様大丈夫かしら。さっき声をかけてくれたらよかったのに」

 アリシアは先ほど第一王子にからまれていた、リリィ様が気になるようだった。


「リリィ様とは暫くは見知らぬ振りをする事になっているの。平民と顔見知りでは不味いでしょ」

「確かにそうね。驚かそうと思ったのに、王子に邪魔されて……サプライズだったのに」

 悔しそうに、アリシアは教室のドアを開けた。

 席に座る前に、数名の令嬢に取り囲まれる。

 顔はいたって平凡。

 モブね。


「ちょうどいいところに来たわ、あなた達平民でしょ。今すぐ寮に帰って、私のスクールリボンを取ってきてちょうだい」

 メイドにでも言うように、当然のごとく指示を出す。

 これって洗礼ですか?

 今、モブに構っている暇ないんだけど。


「平民ですが何か?」

 私が返事するより早く、アリシアがにこやかに一歩前に出る。と、ご令嬢は一歩後ろに下がった。


 グッ!!

 蛙を押し潰した時のような声が漏れる。

 残念、見た目はおろか所作さえアリシアに全然及ばない。

 そもそも、元悪役令嬢に喧嘩を売るなんて愚かとしか言いようがない。

 それでも令嬢は頑張った。


「スクールリボンを取ってきてちょうだい」

 さっきの声の半分もないボリュームだった。横に取り巻きがいなければ、とっくに引き下がっていたに違いない。


「それは命令ですか?」

 すかさずもう一歩前へ出る。

 スタイルが良く、すらりと背の高いアリシアに迫られて、令嬢は顔をそむけた。

 心なしか、顔が赤いのは気のせい?

 アリシア、完全に楽しんでるよね。



「あの、命令ではないです……」

 さすがに学院内で、貴族が平民に命令をしたと認めるわけにはいかないと判断したのだろう。

 しかもアリシアは第二王子に次ぐ成績。王宮魔術師にでもなれば、立場はすぐ逆転してしまう。

 令嬢は目にいっぱい涙をため、肩を振るわせている。

 もう仕方ない。

 目標は目立たず、こっそりだったのに。


「私が行ってきましょう」

「アリス!?」

 もうちょっと遊ばせろ、と言う目で見られたが、無視する。


「命令じゃないということは、お願いですよね」

 コクリと令嬢は頷いた。


「わかりました、このお願い『貸し』という事でいいですか?」


「はい?」

「では手を」

 令嬢は素直に手を差し出した。エスコートされなれているのか、疑問に思わないようだ。

 私は、その手の上にそっと自分の手をかざした。

 ほんの少し熱を感じるくらいの違和感に、咄嗟に令嬢は手を退いた。


「何!」

 契約の魔法だ、いつかかならず『貸し』は返してもらう。


「友情の印です」

 それ以上説明せずに、「では、行ってきます」と教室をでた。

 アリシアを見ると、ちゃっかり席に座りニヤニヤして「いってらっしゃい」と手を振っている。

 契約魔法に気付いたのだろう。

 手駒は多い方がいいし。

 私は足早に学院を出て、寮で令嬢の侍女から、リボンを受け取った。

 やはり、平民への洗礼だったようで、説明しなくてもリボンを渡してくれた。




 学院へ歩いていると、一人の生徒が森の入口で、なにやらクンクンと匂いを嗅いでいる。


 森と言っても、学院が管理している敷地内で、演習などで使われている。


「こんにちは、何をしているの?」

 少女は豊かなうぐいす色の髪をしていたので油断してしまった。

 振り向いた彼女の瞳はピンクで、唇はつやつやでぷっくりとサクランボのようだった。


 !!!


「5人目!! イヤイヤ、いすぎでしょヒロイン」

 思わず、周りにイケメンはいないかとキョロキョロ探してしまう。

 どうやらフラグに居合わせたわけじゃなさそう。

 だけど、今、新たなヒロインに構っている隙はない。

 スルーで。


 声をかけてしまったが、目を伏せ通り過ぎようと試みる。

 しかし、腕を捕まれ「あの、この辺バラの香りがしませんか?」と聞かれる。


 バラ?

 思わず立ち止まって、匂いを嗅いでみる。


「確かに少し、香水かな?」

「ああ、香水かぁ、あちこち探したけど、何処にも咲いていないから不思議だったんです」

 うるうるした瞳でヒロインは、入学式前に職員室に呼ばれているからと走り去っていった。

 良かった。スルーできた。

 ホッと息をはくと、さっきよりはっきりとバラの香りがした。


 ?


「やっぱりバラがある」

 私は余計な好奇心で、ついうっかり森に踏み込んでしまった。

 ヒロインを回避できたことに、ホッとして気が緩んでしまったのかもしれない。

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