電卓の神様

高城ゆず

電卓の神様

 私は工業高校に通う女子高生だ。二桁の足し算でさえ暗算をすると間違ってしまうような、数学以前の問題を抱えているにも関わらず、電気科に所属している。

 ──いわゆる『リケジョ』というものだ。

 そんな私が一念発起して電気系の保安業務に携わるのに必要な難関資格の取得を目指した。

 これを高校生のうちに取ることができれば新聞に掲載される可能性があるので、とにかくド派手に目立ちたい私にとっては一石二鳥な試験だった。

 底辺の工業高校とはいえ、上位数パーセントにいるような勉学に励む生徒は国公立の大学に合格する。私はそこの上位十パーセント以内にいた人間なので、この試験もきっと上手くいくだろう。

 夏休みに入る前──七月の半ばに私は勉強を開始した。

 この試験は珍しく電卓の使用が許されており、私は水を得た魚のようになった。

(水を得た魚とかけまして女子高生ときます。その心は──どちらもピチピチでしょう)

 電卓──といっても、ルートや常用対数、虚数などの計算できる関数電卓は禁止だった。

 当然ながら私は数学のテストは平均点を上下しているので、計算なんてできない。式変形さえ怪しいのだ。

 ルート? ログ? j? 私にはさっぱり分からない。

 そんな私は気合いと根性と勘で問題を解くことにした。

 計算問題は仕方ないので公式を暗記した。文章で間違っているものを選択するというものは、一番最後のものを選ぶという独自の法則を見つけた。

(せっかく作った問題は最後まで読んでほしいものだと私は思ったのだ)

 そうして朝の八時から夕方の五時まで、休憩時間は昼食の僅か三十分のみという生活を一ヶ月以上続けると、いつのまにか思考回路が変態になっていた。

 一つ目。

 柱上変圧器に入っている絶縁のためのガス──六フッ化硫黄が無色無臭の理由は、黄色でいかにも臭いを発していそうな硫黄を六つのフッ素でタコ殴りにしているから。

 二つ目。

 コンデンサの距離を変えることによって静電容量の変化は何倍か──というものを暗算で、だいたいこれぐらいだと答えを出せるようになった。

 三つ目。

 鉄塔の間隔を見て、おおよその距離を測り始めるようになった。

 四つ目。

 空を見上げ、鉄塔や電線を見て興奮するようになった。「あれがダンパか」、「あれがスペーサか」、「あれが多導体か」といった感じだ。


 そのようなとてつもない変態になった私はいよいよ試験当日を迎えた。

 勉強を教えてくださった教師の方からいただいたメッセージ付きのチョコレート菓子と電卓を三台持って会場へと向かった。

 無事会場に到着した私が机の上に電卓を二台載せて空を拝んでいると、見知らぬ大学生の風貌の青年に声をかけられた。

 電卓を貸してほしいとのことだ。

 寛大な心を持つ私は鞄の中から第三の電卓を取り出して貸してあげた。

 きっとその青年も驚いたことだろう。二台のうち一台を貸してもらえると思ったら、鞄からもう一台出てきたのだから。


 それから一ヶ月ほど経って、結果が書かれた一枚の葉書が届いた。

 一発合格には至らなかったが、四つの科目がある中、三つは合格になった。残るはあと一つの科目だけだ。

 来年こそは絶対に合格してみせる──私はそう誓うのであった。


 このような小さな善行も神様は見ているらしい。

 その日から私は電卓の神様として崇めるようになった。

「I love dentaku no kamisama」

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電卓の神様 高城ゆず @Lyudmila

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