地獄の110丁目 煉獄第六層 ~暴食~

 煉獄の層も残すところ後二層。『暴食』と『色欲』を残すのみだ。個人的には色欲の層で出てくる刺客が気になるところではあるが、場合によってはベルと妖子さんに丸投げしようかと考えている。


 ちなみにここ、『暴食』の層は詳しく説明するまでも無いだろう。第五層とよく似ているが、その欲が食に向いた人間の浄罪の場。罪人たちは決して口に入れる事の出来ない果実を眺めているだけというおあずけプレイの場だ。


「ガーッハッハッハッ!! よく来たな! お前らが噂の犯罪者か! ワシはブオルク!! この道は通さん! 父親じゃないぞ!」


 見るからに恰幅のいいよく食べそうな巨大なおっさんが出てきた。身長は2メートル近くありそうだ。年の頃はニムバスと同じぐらいだろうか。親父ギャグが絶好調だ。父さんだけに。


「ここでは何をしたら通してもらえる?」

「もちろんワシと戦ってもらう! だが、ただのバトルではないぞ! 暴食の層にちなんで大食いバトルじゃ!! 超ショック!! か!? ガハハハ! 朝飯前だろう! 超ショック朝食だけに!!」


 大食い……。自信ないな。


「ベル……、邪心以外の食べ物ってどれくらい……?」

「何を食べるかにもよりますが、人並みですね」

「妖子さんは……?」

「油揚げ以外はそれほどです」


 非常事態だ。


「ちなみに食べ物は!?」

「リンゴだ! これなら公平だろう!」

「よし! そんなものに付き合う義理はない!」


 俺は力ずくで押し通るべく構えた。


「おっと! そうはいかんぞ! ここは煉獄第六層! もう天界はすぐそこだ! ここまで来ると天界の住人の言葉にはある程度強制力が宿る! 暴力は『禁ずる』!」


 ブオルクが叫ぶと突然、俺の構えに力が入らなくなり、両手が下がってしまった。


「なに……!?」

「ガッハッハッ! おとなしくここで勝負をして行け!」

「クソッ! こんなことをしている場合じゃないのに!」

「私から提案があります!」


 ベルがおもむろに手を上げると叫んだ。


「ほう! なんだ! 言ってみろ!」

「こちらは女二人に青瓢箪が一人! 片やあなたは常人の5倍は食べそうな体格です!」


 誰が青瓢箪だ、おい。


「ふむ」

「なので三対一で一気に勝負してください。出来る限り多くのリンゴを平らげた方が勝ち。という事でいかがでしょうか」

「フハハ! 良いだろう! だが、見誤ったな! ワシは常人の10倍は食うぞ!」

「三対一でも勝てるかどうか自信ないぞ……」

「大丈夫です、キーチローさん」

「何か策があるんですか? ベルさん」


 妖子さんが不安そうに覗き込む。


「まだ分かりません。ここは相手の土俵ですから。思いもよらぬ仕掛けがあるかもしれませんので」

「出たとこ勝負か。初めてのピンチだな」

「デボラ様の為、今は一心不乱に食べるのです」

「では、用意するのでしばし待て! マテバシイ! ガハハハ」


 そう言うとブオルクは机と椅子と山ほどあるリンゴを用意した。


「キーチローさん、口を開けてください」


 俺はベルに口をこじ開けられ、中の様子を見られた。なんだかとっても恥ずかしい。


「急に何を」

「どれぐらい行けそうか見ただけですわ」


 そうこうしている内に用意を終えたらしいブオルクが叫ぶ。


「芯は残しても構わんがカウントの際に計量する! あまり残すと結果に響くぞ! では、用意……、始め!」


 あろうことかブオルクはリンゴの上の茎を残して全て噛み砕いている。あっという間にリンゴの茎が積みあがっていく。


「キーチローさん、私と妖子さんがリンゴを細かくするのでとにかく


 え……? じゃなくて?


「説明は後です! さあ!」


 妖子さんは爪で、ベルは懐のナイフで。粗めにリンゴを刻んでいく。俺はそれを咀嚼することなく飲み込んでいく。


「あがががが」

「ガハハハハハ! そんな調子では追い付けんぞ!」


 ブオルクはむしゃむしゃとリンゴを平らげていく。


「むぐぐぐぐ」


 いつの間にか、ベルも妖子さんも切ったリンゴを俺の口に投げ込み始めた。だが、何かがおかしい。俺はこんなにリンゴを食べられただろうか。


「さあさあ! どんどん飲み込んで下さい!」

「あばばばばばば」


 魔力を得たとはいえ、俺の体の構造は変わっていない。恐らくリンゴなんて食べられて三つか四つが限界だ。なのにブオルクと対等に渡り合えている。それどころかブオルクは何やらこちらをチラチラ見ている。


「やるではないか! ガハハハ」

「キーチローさん! どんどんいきますよ!」


 さらに粗く刻まれたリンゴが口の中に投げ込まれる。おかしい。もう5個分は腹に収まっているはずなのに全く腹が膨れる気配がない。


「ど、どうなっているんだ! 貴様の腹は!」


 ブオルクが脂汗を流しながらリンゴを頬張るが、腹はどんどん膨れていく。


「いや……、どうなったんだ! ワシの腹は! 普段はこの5倍は軽くいけるはずなのに!」


 もはやライン作業のように次々と投げ込まれていくリンゴ。数は10個を超えた。なおも勢いは止まらない。ブオルクが20個、俺が21個。だが、重量換算だとまだ負けているはずだ。


 ブオルク30個、俺が35個。もうブオルクは涙目だ。ついに手が止まった。


「さ、私達も一つずつ戴きましょうか。妖子さん」

「そうですね。お腹も減ってきましたし」

「キーチローさんももう一つどうぞ」


 お? 今度は普通にお腹が膨れた。もう一ついけそう。


「ぐ、ぐるじい……」


 ブオルクは白目を剥いてバタリと倒れてしまった。結果はブオルク30個、ほぼ丸かじりなので約300グラム×30で約9キロ。片や俺達は36個、1個、1個。芯がおよそ約50グラムで、250×38=約9.5キロ。


「これ……誰が勝敗を判定するのか知らないけど大勝利ってことでいいんだよね?」

「ブオルクさんは倒れてるし、いいんじゃないですか?」

「リンゴ、おいしかったです。ご馳走様」


 妖子さんはブオルクに向かって手を合わせるとスタスタと歩き始めた。


「さ、私達も行きましょう! キーチローさん」


 俺もブオルクに手を合わせると先へと急いだ。次の層が近づいた辺りでベルにどうしても気になっていたことを聞いてみた。


「俺、リンゴ30個以上食べられるような異常な体じゃなかったはずなんだけど、これって魔族の力?」

「まさか! 単純にキーチローさんの喉の奥に魔法陣を張ってブオルクの腹に転送していただけですわ!」


 あっ……、なるほど。


「どおりで。大食いを名乗る割にギブアップが早かったわけだ。まあ、それでも異常な量だけど」


 つまり、ブオルクは20キロ近いリンゴを平らげたことになる。すごい! えらい! 君こそ本当の大食いマスターだ! 俺は改めて心の中でブオルクに合掌をささげた。空にはいい笑顔のブオルクが親指を立てていた。


 ――さあ、次が最後の層。色欲の層だ! どうか変な敵じゃありませんように!






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大変長い間お休みをいただき申し訳ありませんm(_ _)m

徐々に更新を続けていきますので宜しくお願い致します。

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