地獄の108丁目 煉獄第四層 ~怠惰~

 怠惰の層。ここは、生前、怠け者だった人たちがひたすら走らされる浄罪の場。ひたすら走らされるという罰もそうなのだが、怠惰の罪っていったい何なんだろうか。七つの大罪の中でもちょっと軽めに感じるのは現代人だからなのだろうか。正直、怠惰の罪には今地上にいる人間の半数は該当するような気がしてならない。そういう意味では色欲もか? 憤怒も経験が無いとは言えない。というか七つの大罪に該当しない人間が居なそうな……。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ、働きたくねぇ……」


 深いため息とともに岩の上に寝転がって俺達を待っていたのは、クルクルパーマの女だった。だがしかしこの声には聞き覚えがある。


「あれ? もしかして魔王決定戦の?」

「お。おぉ? おぉ……」

「いや、終わりかい!」

「デボラとぉ、一緒に居たムシ網兄さん?」

「やっぱり! 覆面選手か!」

「はぁい。私、ミストっていいまぁす。よろし……ぐぅ……」


 寝た。


「寝てるなら通してもらおう」


 俺達は黙ってミストとか言う女の横を取り過ぎようとした。だがその時、とんでもないスピードで足刀が飛んできた。危うく避けた俺の髪がハラリと2~3本宙を舞う。


「寝不足ですけどぉ、ちょっとここは通せませぇん」

「なるほど、戦闘は避けられないようですね」

「待って、ベル。戦いは大丈夫なの? 俺が……」


 ベルは俺ににっこりと微笑むと、ゆっくりと親指を立てた。


「ノープロブレムですわ、キーチローさん。そもそもあなたは女性に手出し出来ない性質タチでしょ?」

「ええ……まあ……」

「さすがデボラ様の側近! デボラ様がいなければ惚れていたかも! ベルさん素敵!」

「とは言え、戦いってなると心配が……」

「そこで“裏ワザ”の出番ですよ」


 そういうとおもむろに服の内ポケットから黒い塊を取り出した。あの塊は見覚えがある。確か……忌まわしい記憶が……。


「キーチローさんから取り出した邪心~!」

「その邪心がなんで“裏ワザ”に?」

「フッフッフッ……私はサキュバスと悪魔のハーフなんですが」

「ちょっと待って! その話長い~!?」


 ミストがどこから取り出したかお茶とせんべいを飲み、かじっていた。


「すぐ終わります!」

「そう……続けて」


 ミストは残念そうにせんべいをしまってふところに片付け始めた。


「私、邪心の持ち主の魔力をコピーできるのです!」


 という事は……。


「そこの雑魚っぽい虫網お兄さんの魔力をコピーしたからってどうなるんですかぁ?」

「こうなります」


 そう言うとベルは俺の邪心の塊を一飲みにした。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ベルの体から黒いオーラが立ち上り、時折、稲妻のようにベルの体の周りを駆け巡る。いや、俺そんなオーラ出したこと無いんですけど。目は赤くなってるし。角も立派なものになって、おまけになぜか胸も巨乳に。どこにそんなパワーアップ要素が隠れてたの!? 俺の邪心!


「さて、参ります!」


 呑気に寝転がっていたはずのミストがすでに戦闘モードに入っていた。ドラメレクの時にすら構えを取っていなかったのに、今や臨戦態勢そのもので、半身に構え、目はしっかりベルを見据えていた。


「ちょーっと予想外でぇす」


 ベルの何のフェイントも無いただの拳打が激しくミストを打ち据える。一発二発と躱すも、拳の嵐がミストに襲い掛かり、容赦なく顔や腹にめり込む。女同士だからって容赦なさ過ぎて怖い。横では妖狐の妖子さんが拳を振り上げて応援している。


「行けぇ! ラッシュ! ラッシュ! そこ! ボディ空いてるよ! ボディ!」


 まるでボクシングの試合でも見ている様だが、実際にベルが繰り出す拳の数は常識を超えている。しかもその一打が結構重そうだ。たまらずミストが距離を取る。


「こんなことならぁ、あのハゲのいう事なんかぁ、無視して家に引きこもってれば良かったぁ」


 ミストの鼻と口から血がこぼれだし、片目は腫れあがっている。


「私、余り人をいたぶる趣味は有りませんが、デボラ様の為とあらばその限りではございません。早めにどいて下さると助かります」


 ベルはそう言うと改めて構えを取った。


「いや、ほんとのこと言うとぉ、デボラとかなんだとかどうでもいいしぃ、今すぐ帰りたいんだけどぉ。私一応戦闘要員なのでぇ、そういう訳にもいかないわけで」


 ミストもボロボロながら構えを取る。


「仕方ありません。一気に決着と行きましょう」

「そう上手くいくかしらぁ?」


 ミストが言い終わると二人同時に消えたような速さで距離を詰める。


「うらぁぁぁぁぁぁっ!」

「はぁぁぁぁぁっ!」


 互いの拳がぶつかり、衝撃が二人を中心に広がる。


「実力を隠していらしたので?」

「……火事場のクソ力ってやつ?」


 その会話の後、二人は花火のような衝撃を撒き散らしながら殴打を繰り返す。正直、あの状態からここまでもつれるとは思っていなかった。何かおかしい?


「あなたが裏ワザとか言ってたようにぃ、私にも“奥の手”があるんでぇ!」

「興味深いですが、デボラ様のこと以外は今、全て些末!!」


 ベルの蹴り降ろしがミストの側頭部をとらえ、ぐらりと大きくよろめくが、どうにか持ちこたえる。


「一週間でもだめか……、これ一か月分超えるとその場で死ぬしなぁ」

「?」

「とりあえず一か月分で!」


 ミストの攻撃が苛烈さを増す。動きも先ほどより俊敏になったようだ。ミストの拳がベルの腹を捉える。


「がっ……う……」

「やっと一撃かぁ」


 続けざまにベルの顔を狙うがそれはベルが止める。


「ゲッ、これ止めるぅ?」

「私も時間制限があるのでここらで決めさせていただきます!」


 ベルは右手で止めたミストの右腕を離さず、そのまま左腕を突き上げ、


 折った。


「っああああああああ!!」

「終わりです!!」


 ベルの拳がミストの顎、みぞおち、脇腹と急所を抉り、ようやくミストはその場に倒れ込んだ。途中まで歓声をあげていた妖子さんも決着の瞬間には言葉一つ漏らさず拳を握りしめていた。


「いや、すごいもの見ちゃったな」

「ベルさん、私は今、感動で言葉がありません!」


 ミストを倒したベルはふぅと短く息を吐くと、元のベルに戻った。


「いやぁ、危ないところでした。途中から急に強くなるなんて厄介厄介」

「俺の邪心であんなことになるならいくらでも持って行ってよ!」

「今回の邪心団子はキーチローさんの3日分の邪心です。ストックはあと二つしかありません。彼女も似たようなことを口にしていましたが、察するに力の前借のようなことを行っていたのでしょう。片や私も効果が永遠に持続するわけではないので危ないところでした」


 なるほど、だから裏ワザなのか。


「さぁ、デボラ様のもとに急ぎましょう!」


 ベルに促され、俺達は次の層を目指し歩を進めた。

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