地獄の106丁目 煉獄第二層 ~嫉妬~

「さすがはデボラ様の想い人ですね」


 煉獄第一層を経て、少し正気を取り戻した妖子さんが急に口を開いた。


「え、いや、はい。え?」


 急に口調がまともになって、驚いたので、まともな返事が出来なかった。妖子さんはまともに話していれば妖界のアイドルだけあって妖艶な美女だ。白い髪に赤い瞳、デボラとはまた少し色合いが異なり、妖しく美しい。普段の常軌を逸したデボラ推しが無ければすごくモテるだろう。いや、有ってもモテるレベルだな、これは。キツネ耳も萌えポイントが高い。


「さっきの男、まともに戦えばそれなりに強かったはず。ですが、あっという間に心を折ってしまった。相手を傷つけずに勝ってしまったのです」

「たまたま運が良かっただけですよ」


 謙遜でもなんでもなく本当に勝手に相手が自滅しただけだ。手を出されていたら多分こっちも応戦していただろう。とにかく早く抜けたかっただけだ。


「デボラ様はいい人を選んだんですね……」

「いや、それほどでも」

「そうですよ、そんな大した人じゃないです」


 サラッとベルに否定されたのは納得がいかないがまあ、いいだろう。


「さて、第二層が見えてきましたよ! 第二層は“嫉妬”の罪を裁かれます」


 第二層に近づくとそこにはまぶたを縫い付けられもがき苦しむ亡者の姿があった。


「これは……、いったいどういう状況?」

「なまじ手の届かないものが見えているから嫉妬に身を焦がしてしまう。目を強制的に閉じて自分の心と向き合え、という事でしょうか」

「人間とは気の毒な生き物ですねぇ」

「しかぁし! あなたの心にも嫉妬心が見えますよ!!」

「!!!」


 会話の途中に割り込んできたのは長髪の女。白装束の真ん中から溢れ出しそうな胸とくびれた腰、加えて整った顔立ちと、およそ嫉妬を集めそうな条件は揃っている。


「私はユン! 故あってあなた達を仕留めさせていただきます!」

「故も何もあなた曇天でしょ?」

「えー! バレてるー!」


 なんか変なの出てきたな……。


「おそろいの衣装で行動しててバレないと思ってるのか?」

「ぐぬぬ。しかしこっちも一目見て分かったことがありますよ! そこの女性二人! 真ん中の男に嫉妬してますね!」

「バレてるー!」


 おいおい、勘弁してくれ。


「ちなみに私も真ん中の男には嫉妬してます! こんな美女二人侍らせて!」

「えぇ……」

「そんな、美女だなんてぇ」

「キーチローさん! この人いい人かも知れません!」

「先を急ぎません?」


 関わり合いになる時間が惜しい気がしてきた。これも作戦の内ならなんと高度なオペレーションを組む連中だろうか。


「私が言いたいのは! 真ん中の男が消えれば全て上手くいくってことですよ! どうですか!? お二人さん!」


 え、何その展開。さすがに乗せられるわけ……。


「確かに」


 えーーーーーっ!


「し、しかしデボラ様の救出にはキーチローさんの力が」

「このままおとなしくしていれば帰ってくる可能性もあるとは思いませんか!?」

「そんな、しかし……」

「いや、ちょっと待って! こんな奴のいう事、信用――」

「デボラ様が返ってきたら慰めるのは私の役目……?」


 様子がおかしい。いくら妖子さんでもこんな単純な説得に応じるか? ベルも!


「そうですね、キーチローさん。あなたさえいなければデボラ様はもっと私に構ってくださる」


 まずい、ベルまでなんかおかしなこと言い出した。これは絶対に普通じゃない。


「そうよ、あなた達。嫉妬に狂うぐらいなら原因を消してしまった方が楽よ!」


 おーい、嫉妬の層でそれを言っちゃうかね。てゆーかマズイ!! こいつ幻術系の敵だ! ベルと妖子さんが操られてる! いったいどうすれば……。女の子は殴りたくないし、ベルと妖子さんは言うに及ばず。


「死ねぇ! キーチローーーー!」

「ごめんなさい! キーチローさん!」


 小太刀を手に迫る、妖子さん。光の玉を手に溜めているベル。多分、当たることは無いだろうけどこれはマズい。本当にマズい! 二人の奥ではユンがニヤリとほくそ笑んでいる。


「――なんちゃって」

「――ですね」


 は?


「狐火!」

「はぁっ!!」


 二人が振り向きざまに放った妖術と魔法がユンに直撃する。


「な……に……」


 ドサッと音を立てて倒れ込むユン。


「ごめん、正直今そこの倒れてる女の子とおんなじ気持ちなんだけど」

「どういう事ですか?」

「え? どういう事ですか?」

「私達が幻術にかかってるとでも?」


 プッ


「アハハハハハハ」

「イヒヒヒヒヒヒ」


 二人は俺を指さしながら笑い始めた。


「妖狐相手に幻術などと! ヒヒヒヒヒ」

「嫌ですわ! フフフ」


 どういう事だ? 今までの茶番は一体何だったんだ?


「あのユンとか言う奴が私達を幻術でハメようとしていたのはすぐ分かりました」

「バレバレでしたもんね!」

「私は妖狐ですよ!? 云わば幻術のプロ! 何千年の歴史があると思っているんですか!」

「あ、ちなみに私もハーフとは言えサキュバスの血が入っておりますんで。男ならともかく、女の幻術にかかるなどあり得ませんわ」


 言われてみればその二種類は幻術使いのイメージあるな。とは言え、ベルは少し意外っちゃ意外だが。


「ローズは戦闘能力はほとんどありませんが、幻術はすごいですよ! キーチローさんも一度かけてもらっては?」

「いや、いい。遠慮しとく」


 下手にかかったら何させられるか分かったもんじゃない。


「ところで」

「まだ何か?」

「幻術にかかって無かったって事はあの発言は……」

「ギクリ」


 いや、ギクリって現実に言っちゃダメだろ。


「ドキッ」


 ベル、お前もか……。


「いやですわ、キーチローさん! あれは敵を欺くための演技で!」

「そうそう! 本当に消えればいいなんて全然、少ししか思ってませんから!」

「少し?」


 いきなり目を泳がせながら弁明する妖子さん。いや、弁明になってないな。少しでも思っててもらったら困るんだが。


「さぁ! キーチローさん! 先を急ぎましょう!」

「そうです! 早く愛しのデボラ様をお助けせねば!」

「いや、こういう事は……」

「あ! 次の階層はどういう階層ですか!? ベルさん!」

「次は憤怒ですね! あんまりカリカリしてるとここに囚われますよ! キーチローさん!」



「え、私の出番終わり……?」


 俺達が立ち去るその後方でパタリとユンは力尽きたのだった。

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