地獄の95丁目 会議ばっかやってんな

 俺は、月曜日の出社を終えた後、アルカディア・ボックスへ急いだ。明日に控えた天界の査察に対応するために、職員全員で行う会議に出席するためだ。そう、定期的にやってくる会議回の幕開けだ。もちろん、全員メガネ着用。今回はスーツもそろえる事にした。内容が内容なので皆真面目である。いや、もちろん今までも真面目にやってきたのだが、真剣度が段違いだ。


「それでは、キーチローさんもいらっしゃいましたので、天界査察対策会議を開きたいと思います。司会進行は私、ベルガモットが務めさせていただきます」


 意外に思ったのは、査察が事前通告されているという事だ。厳しくいくつもりなら抜き打ちでもおかしくはないと思うが。


「はい、キーチローさん」

「今回の査察は抜き打ちじゃないという認識で宜しいでしょうか」

「デボラ様、お願いします」

「うむ、構わん。日程も通告済みだ」


 デボラは腕を組んだままお誕生日席から答えた。なんだか、魔王度が増したみたいだ。魔王度ってなんだかよくわからないが。


「つまり、相手方も即ここを閉鎖するような強硬な態度ではないという訳ですね?」

「一応、我と曇天の隊長の間で事前協議はしてある」

「問題となりそうなのはどの辺かつかめましたか?」


 キャラウェイさんもまた腕を組んだまま難しそうな顔をしている。


「魔力の増幅、つまりレベルアップだな。進化も含め、地獄に存在するはずのない個体が現れだしている点だ」

「そこを突かれると痛いですね。現状、すでに二例希少種が発生しています。人口進化と言われてしまうとソレは天界、即ち神々の領域。魔王の管理できる範囲か怪しいところです」


 これについてはすでにキャラウェイさんから以前、疑義が出ていた。かといってここまで急速な進化は予想していなかったが、今にして思えば少し、浅慮だったかもしれない。


「アル、魔力の増幅について制限は可能か?」

『可能です』

「ちょっと待って、よく考えたらアルが喋ってるのも実はマズイ?」


 椅子を傾けてカタカタと遊んでいたローズが急に立ち上がる。会議に参加してみたい気分になったらしい。


「どうだろうな。物が長い年月を経て魔性を得たのが妖怪だったりもする。物が喋ること自体は問題視されないとは思うが、話すまでに至った時間を問われると少々厳しい部分はある」

「では、その対応ですが、正直に話す。偽証する。聞かれるまでは答えない等が考えられますが」


 ベルがさらりと恐ろしいことを口にする。


「天界を相手に偽証はリスクが高いな。かといってわざわざこちらから話すことも無い。聞かれるまでは答えないがいいだろう」

「では、そのように。アルもまた不要な会話は避けた方がいいでしょう」

『畏まりました、ベル様』


 後は……。


「カブタンとエイダンですね。問題は」


 俺もついつられて腕組をしてしまう。会議場の雰囲気がそうさせるのだろうか。


「あの、ちょっといいですか?」

「ん? どうした、セージ」


 今まで考え事をしているようなしぐさだったセージがここで手をあげる。


「地獄の生物についてですけど、進化した例って全くないんでしょうか」


 キャラウェイさんとデボラが目を合わせ、考え込む。


「少なくともあのような急激な進化は見たことが無いな。長い年月を経て姿が変わるという事はあるだろうが」

「私も見たことも聞いたことも無いですね。ステビアさん、文献の中にそういうものは存在しましたか?」

「私の読んだ……本の中には……そういった記述は無かったと……思います」


 あれ? 地獄の生物って元はと言えば罪人の魂だったような。ウッディーの話だとそこにそうあるのが役目だって聞いた気が……。


「地獄の生物が姿が変わるって事自体不思議な現象のような気が」

「それに関しては多かれ少なかれ魔力の密度に関りがあると考えられている。ファングウルフの群れからフェンリルが発生するのも地獄の鳥からフェニックスが発生するのも凡そ、そのような原理だろう」


 魔力の高まりか。そういえばなんで名前を付けたぐらいで魔力が高まったりするんだ?


「だが、このアルカディア・ボックスでそういう事態が頻発している要因の一つに我はキーチローが関連していると睨んでいる。地獄で個体に名前を付ける事自体、珍しい事ではあるが、決してないという事も無い。問題は、その生物と完全な形で意思が疎通できているかどうか、だと思う」


 確かに、意思の疎通まで出来たものは居ないか。


「そうすると、地獄の生物の進化は元々天界の管轄外なんじゃないの? 魔力の濃度や進化の方向性なんて管理してるとは思えないし」

「ふむ。まあ、罪人の魂自体は地獄の管轄と言えるな。それが意思の疎通をきっかけに魂の在り方に影響を及ぼす。無い話ではない」

「ですが、余りに強力になり過ぎた生物は結果として天界への反逆とみなされる可能性もあります。これは管轄どうこうの話とはまた違いますね」


 そういえばそうだ……。このまま際限なく魔力を高め、強力な生物が量産されたらその意思が無くても危険視される可能性は高い。


「対策としては、レベルアップの制限、定期的な天界の査察の受入れが妥当なところか」

「良いと思います」

「私もデボラ様の意見に賛成ですわ」


 こ、今回はまともに話が進んだし、具体的な対応策も出来た……。やはり、眼鏡にスーツ。これが会議の進行をスムーズにしているに違いない。そもそもスーツ着た女性陣は普段と違った雰囲気で可愛いし、俺にとっては百点満点の会議だ。この方針は継続して欲しい。


「後、地獄の生物全員に注意だ。天界の査察中に危険な振る舞いの無いように! 特にカブタンとエイダンは向こうに目を付けられる可能性が高い。攻撃などもってのほかだぞ! アル、頼む」

『畏まりました。デボラ様。全生物に通達を出します。特に攻撃性の高い生物は念入りに』

「助かる。頼む」



 普段の生活さえ見てもらえば、この箱庭自体は檻の無い動物園みたいなものだからな。きっと大丈夫……ん? 大丈夫か?

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